高校の授業

高校でフランス語を教えはじめて5年目になる。

今年の後期(二学期)から高校2年生のクラスにカナダ人の男子生徒がいる。ケベックの人間ではないからフランス語のネイティヴではないが、かれこれ7年間フランス語は勉強しているという。

日本の学校で外国語を習い始めるのは、基本的に中学からだ。それを考えれば、まだ17歳の少年が外国語を7年間勉強しているという事実は、それだけですごいことだ。

ぼくの教えている高校では、2年生から第二外国語の科目でフランス語を選択できる。だから今の2年生はこの言語を始めたばかりだ。

だから、カナダ人の男の子がフランス語をクラスのなかで一番できるのは当たり前のこと。でも、驚くべきは、彼の日本語の習熟度だ。

彼もまだ日本語の初心者なのだが、それでも、オーラルの水準では、できる。少なくとも、日本の生徒のフランス語とは比較にならないくらい。これはどうしてなのだろう。彼がとびきり頭がいいというわけではない。むしろ、いわゆる「偏差値」的には、むしろ日本人の女の子で、もっとできそうな子はいる。しかし、喋れないのだ。

これはぼくじしんを振り返っても、よく分かることで、今になっても、オーラルは苦手だ(もう10年くらい勉強しているはずなのに……情けない)。マルティニックに行ったとき、向こうの高校生があまり話せないぼくを見て、まだまだ初学者だと思ったらしい。でも、たまたま、ぼくが文章を書いているのを見て、そうとうびっくりされたことをよく憶えている。急に、フランス語ができる人になったのだ。

個人的な経験、教育経験をとおして今思うことは、よく言われているように、日本の外国語教育の特異性だ。いや、日本語文化の特異性かもしれない。ともかく、これは個人の資質云々ではないことは確実なことだ。

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