Mange, ceci est mon corps(食べよ、これが我が身体なり)

すごい映画を観た。

東京フィルムエックスの招待作品のハイチ映画だ。カリブ文学の友人から紹介されて期待できる作品だったので、これは是非見なければ、と思っていたものだ。本来は家でやらなければならないことがあったけど、精神生活を確実に豊かにするだろう、こっちの方が大切である。

最初、この映画はきっと知られざるハイチの実情に迫るドキュメンタリー風の映画だと勝手に考えていた。実際、映画の出だしは、ハイチの湾岸からトタン屋根の集落を経て綱領とした山々を、ジャズ調の音楽に乗せて、空撮するもので、それだけで作品世界に大いなる期待を持った。その後、ブードゥーの儀式の場面などがあり、期待は高まるばかり。

しかし、その勝手な期待は見事に裏切られる。この映画の主人公は、かつてのプランテーションの大邸宅を髣髴とさせる古びた洋館に住む、老婆とその娘と給仕のパトリック。話は、ほぼこの館のなかで展開される。老婆と娘(年の頃は中年に差し掛かっている)は、白人。給仕は黒人の若い男性だ。会話という会話はほぼなく、ただただ、象徴化された映像が映し出されてゆく……。

映画鑑賞後、監督への質疑の時間があった。その質疑で誰かが述べていたように、この映画は一言「野心的な」という形容詞に尽きる。映像作家の意識が全面的に押し出された映画で、監督は「表現」を追及している、そういう印象を第一に抱いた。完成度は高く、映画は多義的な解釈を可能にしている。すべて、監督の狙い通りだ。

「ハイチ映画」というものに対して、社会派ドキュメンタリーを求めるようなエグゾティズムは見事に粉砕された。こうした作品が「ハイチ」から発信されることに(とはいえ、よく知らないが、監督はおそらく合衆国で知的訓練を受けた教養人だろう)、驚きと喜びを感じる。ただ、その一方で、知的に計算されているように見受けられる映画の構成が、ハイチの生活世界から離れているような気がする。いずれにせよ、才能溢れるこの監督の次作以降も期待したい。

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