ペルセポリス、漂白剤

シネマライズで公開中のアニメーション『ペルセポリス』を観た。

原作はイラン出身のイラストレーター、マルジャン・サトラピの同名の漫画であり、自身が監督をしている。

原作を読んだ上で、この映画を観た。内容は、広告の文句を用いれば「1970~90年代の激動するイランを舞台に監督自身の半生を綴った「少女マルジ」の成長物語」。漫画は二巻におよぶが(もちろん日本語訳が出ている)、その内容を約2時間に収めているわりには、よく出来ている。しかし、原作を読んでいないと、不明なコマがあるのも事実。気にならないが、「えっ、どうしてこんなシーンが必要なの?」というものは、たいがい原作のあるエピソードを省略的に挿入したものだ。

原作と映画の決定的な違いだと思われるのは、ナレーターの位置だ。漫画では三人称のナレーター(大人のマルジャン)がストーリーラインを構成しているが、映画ではこのナレーターが排除されている。
すなわち、映画版では三人称のナレーターの回顧的独白が消去されているのだ。このため、たとえば原作ではとても大きな位置を占めていた恋愛物語がかなり省略されている。

また、ストーリーラインの単純化に伴い、マルジのおばあちゃんのエピソードが映画では前景化するようになった。結果、作者の思い入れの所在が映画の方が明瞭になっている。

悪くない映画である。ただ、一緒に観た友だちに指摘されてはっきりしたが、原作のなかで語られていたイランの体制批判が、映画の方がよりいっそうストレートになっている。映画を観た人は、イランにたいしてどんなイメージを抱くのだろうか。そう、映画を観た後に話していた友人の言葉を思い返す。

ところで、この日、映画を見る前に入ったカフェでとんでもないことに遭遇した。ランチを注文したのだが、最初にウェイターがもってきた水を飲んで、びっくり。この世のものとはおもえない、異常な刺激をともなった味。すぐにトイレにかけこんだ。なんと、そのウェイター、漂白剤の入った水を持ってきたのだ!! 一瞬、かなり気持ち悪くなり、映画を観る前に倒れてしまうのではないかと思ったが、なんとか持ち直した。怒って帰ってしまう、という選択肢も一瞬頭によぎったが、ふだん、授業などで日々きれまくっているので、ここは平静になることにした。もちろん、注文したものはすべてサービスにしてもらった。

コメント