今日は火曜日

今年度から毎週火曜日は市ヶ谷の大学に通い、フランス語を教えている。今日は帰りがけに大学近くの書店に入った。人文系の本を中心に揃える書店で、書店員の広く深い見識をうかがわせる本のラインナップだ。そこで今日は吉本隆明の新著『日本語のゆくえ』(光文社)を購入。ついでにPR誌『未来』4月号を手に入れた。現在はすでに5月号が出ている。

帰り道の車内でその『未来』をぱらぱらとめくってみた。巻頭エッセイは長谷川摂子さんの連載「ことば・ことば・ことば」である。今号の連載が最終回。なんと17回も続いていた。たまに気の向いたときに読んでいた連載だから、最終回を残念に思いつつ、そのエッセイを早速読んでみた。

エッセイのタイトルは「書かれた言葉の喚起力――文学者としての柳田国男」。この書き手の文章はとても上手だと思っていたが、とくに今回のは格別に良かった。柳田のエッセイに「母の手毬歌」というのがあるという。これは75歳に柳田が発表したもの。柳田が書き綴った手毬歌の文字のなかに、長谷川さんは柳田の聞いてきた母の声の残響を聞き取る。「書かれた言葉の喚起力」とはそういうことだ。言葉から立ち現れる声が喚起する「記憶」というものがあるという、この素朴な事実を改めて思い起こさせてくれる、良い文章だと思った。

コメント

haru さんのコメント…
長谷川摂子さんの文章は本当にいいですね。柳田國男を文学として読み、その実感を現実世界のなかで手繰り寄せていく、そんな日々が絵本の仕事にもつながっているのでしょう。最終回とは残念、まだ読んでいない他の号も読んでみたいものです。
omeros さんの投稿…
haruさん、コメントをどうもありがとうございます。長谷川さんの文章は今回の連載をもとにして未来社で単行本としてまとめられるそうです。その機会に改めて読みたいものですね。