誤訳論争

最近、周囲で光文社文庫版『赤と黒』にまつわる「誤訳論争」が話題になっている。

友達が教えてくれたところによると、なんとヤフー・ニュースに載っている。http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20080608-00000914-san-soci

この「論争」は、野崎歓氏の新訳『赤と黒』にたいして、スダンダール研究者下川茂氏が手厳しい書評をスタンダール研究会会報に載せたこと(http://dailynews.yahoo.co.jp/fc/domestic/literature/)が引き金。この書評は、読んでもらえるとわかるが、野崎訳の大小百を超す誤訳や日本語の表現の拙さなどを徹底的に洗い出し、強い調子で批判するというものだ。真面目な書評なのだが、ヤフー・ニュースに載るほど、ゴシップとして楽しめるものでもある。下川氏の即刻絶版にせよという要求にたいし、担当編集者は取り合わないどころか、「ご自分で新訳を出したら良いのではないか」と火に油を注ぐ発言をする始末。

この「論争」のこの先が気になるところだが、下川氏の書評を読み、身につまされるところもあり、決して他人事ではない。たしかに「これはまずい」と思う、あってはならない誤訳が新訳『赤と黒』にはいくつもある(少なくとも下川氏の書評を読む限り)。しかし、これはこの『赤と黒』だけが例外的にひどいということではないだろう。こうした徹底的な批判に曝されれば、どんな翻訳でも、多くの誤りに気づかされる。『赤と黒』が有名であること、とても売れていること、訳者の知名度があること、こうした三拍子が揃わなければ、こういった専門家による批判は書かれることがなく、単に無視されるのがおちだ。翻訳経験のある人がこの書評を読めば、批判する側の立場に完全に立つことなどできないだろう。

下川氏の書評は、説得力がある。またこうしたものを書くのは勇気のいるものだ。こうした批判の背後にある動機は、おそらく専門家的良心だけではないだろう。『赤と黒』という「古典」が積み重ねてきた翻訳の水準というものがある。新訳を出すなら、読みやすいだけでなく、研究と翻訳の蓄積を踏まえることが要求される。それをひたむきに謙虚に守ろうとする専門家的良心が、この翻訳によって踏みにじられてしまったという恨みがあるのかもしれない。

もちろん、古典の商業的成功は喜ばしいことに違いないし、野崎氏の訳のファンも少なからずいることだろう。新訳『赤と黒』は、誤訳があるとしても、商品的価値を帯びることは、読者離れが甚だしい仏文や広く外国文学の業界にとって追い風になるに違いない。しかし、その翻訳の質に問題点があるならば、今回のような批判は、当然あって良いことだ。

ただ、下川氏がこれで近いうちに新訳を出したら、それはそれで良い気はしない。

コメント

castorp さんの投稿…
下川さんの書評、ぼくも読みましたー
omeros さんの投稿…
どうでしたか? どんな感想を持ちました?
castorp さんの投稿…
書評をみる限りでは、野崎さんの方に驕りがあったように思います。自分はフランス語ができるんだっていう。頭を下げてでも誰かに訳チェックをしてもらうべきだったのではないでしょうか。
omeros さんの投稿…
たしかにおっしゃるとおりですね。やはり訳チェックをしてもらわないとですよね。
ところで、アマゾンのレビューにもすでにこの誤訳問題は反映されていて、野崎訳『赤と黒』にたいする酷評がけっこう載っていました。