『明るい部屋』にたいする鋭い視点

倉石信乃氏の『反写真論』(オシリス、1999年)を図書館で借りて読む。

「反写真論」とあるように、写真(装置)を批判的に捉える意識によって書かれている。バルトの『明るい部屋』をめぐる指摘はとりわけぼくには興味深かった。

著者は、『明るい部屋』を「写真論的な一切」からの撤収として明確に捉えた上で、、「写真にあっては比較を欠いた何ものかが指示されてしまうという事件が個別的に起こるということ」を「バルトの教え」として引き出している。

『明るい部屋』におけるバルトの私的なものにたいするこだわりは、一見すると写真の本質を私性のうちに見ているように捉えられる。ついつい、その私性ばかりに目が行きがちだが、バルトの写真批評の核心は、「写真論的な一切」を断念したところに、「比較を欠いたもの」を、「個別的なもの」を見出したということである。「比較を欠いたもの、あるいは「極端なもの」という写真的物質性が、写真の私性に先行してはじめて、写真論的拘束から我々は離れることになる」(47頁)という著者の指摘は、大変鋭いと思う。

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