『エドゥアール・グリッサン訪問』(1)

クロード・クフォン『エドゥアール・グリッサン訪問』2001年。

エドゥアール・グリッサンのインタビュー本。つい最近も『バトンルージュ対談』というインタビュー本が出たばかりであるし、『世界-文学のために』に収録されていたのもインタビューだった。

グリッサンのインタビューははっきりいって無数にある。古いインタビューは雑誌や新聞の記事に掲載されているため、その多くはなかなか読むことができないが、アラン・ボドーの『エドゥアール・グリッサン書誌注解』に重要な発言部分は採録されている。

そのようにインタビューは数多くあるのだが、ぼくの知るかぎり、彼は自らの来歴についてはほとんど語らない。彼の来歴について知ろうとすれば、82年にセゲール叢書の一冊として出版されたグアドループの作家ダニエル・ラッドフォールによる『エドゥアール・グリッサン』がいまでも貴重な資料となっている。ほかの研究書でグリッサンの来歴について触れる場合、この本をベースにしていることが多いが、けっきょく、グリッサンの歩みについては大まかなことしか分からないのが現状だ。(もちろん小説や評論に自伝的語りはあるわけであるが。)

この小著はそうしたグリッサンの一般に知られない来歴を知るには格好の本である。

対話の相手は、クロード・クフォン。『新文芸』誌の頃からの古い友人である。対話は二つ収録されている。うち一つは、サン・マロの高校生を聴衆としてなされたものであり、グリッサンはカリブ海のことを何も知らない高校生たちを相手に、きわめて平易な言葉で話している。

すると、驚くべきだが、知られている逸話と異なることが多い。たとえば、グリッサンはブゾダンのプランテーションで暮らしていたわけではなく、「管理人」の父親に連れられて、あちこちのプランテーションに遊びに行っていたそうだ。そこで、グリッサンはクレオールの夜話を聞いたようである(これは、『フォークナー、ミシシッピ』におけるフォークナーと民話の関係について語った箇所と比較すると興味深い。)

また、シェルシェール高等中学校時代は、「エメ・セゼールの学生」と紹介されることが多いが、これは本人は嫌なようだ。実際は、セゼールのことは個人的には知っていたが、直接教わったことがなかったようだ。

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