マルティニックの5月22日

5月22日は日本では一般に特に記憶されるべき日ではないと思うが、ここマルティニックでは大きな意味をもっている。この日は奴隷制度廃止の記念日として祝日で(ちなみに、21日木曜もキリスト教の昇天祭で休日だった)、各地で奴隷制の記憶をめぐる催しが行われる。ぼくは現地の親友に連れられ、フリーメーソンのセレモニーに参加した。親友がかなりの関心をもっているからだ(だが会員ではない)。マルティニックにはフリーメーソンの寺院が十以上あるようだが、一般に閉鎖的集団であると思われているようだ。ぼくらが行ったのは、フォール・ド・フランスの隣町ラマンタン周辺の寺院である。寺院のなかは、二つの大きな部屋からなっており、うち一つは祭壇のある部屋である。祭壇ではない、がらんとした大きな部屋でセレモニーが始まるのを待っていると、いくつもの絵が飾られているのに気づいた。おそらく寺院が画家に受注したものであろう、いくつかは明らかにフリーメーソンの象徴をモチーフにしたものだった。興味深いのは、飾られていた幾つかの絵の作者は、マルティニックでは有名な画家であるということ。ルイ・ラウシェ(Louis Laouchez)の抽象画が数点あった。ラウシェはマルティニックの美術史のなかではカリブ的な画法を開拓しようとした重要な画家であり、若い世代による再発見をとおして現在再評価が著しい画家であるという。またラウシェのほかには、エクトル・シャルパンティエ(Hector Charpentier)が54年に書いたノストラダムスを髣髴とさせる薄気味の悪い絵があった(シャルパンティエの絵もまだ少ししか知らないが、具象的な近年の作品では、島の若い女性をモチーフにしたややもすると異国情緒的なものが多く、その点でも奇妙な絵に映った)。セレモニーでは、祭壇の奥に座っているヴェネラーブルと呼ばれるマスターが取り仕切り、マスターの言葉に従うかたちで、部屋の各所に据えられている、木製の背の高い厳かな座席に座っている位階の高い会員が文章を読んだりする。エメ・セゼールの「帰郷ノート」が彼らによって読まれた。また、今回のために招かれた歴史家が5月22日の歴史的意義を立ち返る講演を行った。会の終了後、プランターを飲みすぎて昼間からすっかり酩酊しつつも帰宅し、何気なくテレビをつけていると、地方局マルティニック・テレビでは、午後から奴隷制度にかんする番組を頻繁に流していた。とくに興味を引いたのは、「最初の日」(Le premier jour)という短編映画。1848年の奴隷制廃止後、その公布とともに解放奴隷に身分証書(etat civil)を作成する役目を遣わされた役人が、プランテーションで解放奴隷に苗字をつけてゆくのだが、最初はまじめにやっていたのが、だんたんと適当になってゆく様子を描いている。明らかに、グリッサンの『第四世紀』における描写を彷彿とさせるもので、面白かったが、テーマがそれだけに終始し、やや物足りなくも思えた。

コメント

norah-m さんのコメント…
マルチニックのフリーメーソンについては、前に読んだことがありましたが、現実に集会に行けるなんてすごい貴重な体験! 現地の絵画もまとめて見られたらなーと思っていました。モンショアシのラクゼミ(長屋、中庭のラクーの意味?)の話も貴重です。
まだ滞在わずかなのに、日々これ収穫ですね!
omeros さんの投稿…
ありがとうございます。
フリーメーソンにかんしては、こんな本を見つけました。Cecile Revauger, Noirs et francs-macons, editions maconniques de france,2003.一時的に住まわせてもらっている友人宅の本棚を物色していたら見つけました。厚い本ですが、目次をみるかぎり、なかなか面白そうです。
絵画については、いま画集がけっこう出ているので、日本でも注文して買えるとおもいます。もし気になる画家などがいたら、教えてくださいね。注意してみたいとおもいます。そういえば、「コミュニケーション論」の話のときに書き込みをしたつもりだったのですが、うまくいかなかったもよう。残念。
norah-m さんのコメント…
あれ、そうだったんですか? 懲りずにまた、気軽にコメントしてくださいね。
ところで、そちらでは「アンティーヤ」誌の古いバックナンバーなども見られるのでしょうか(たとえば80年代や90年代とかの)? 気づいた時でいいので、もしわかったら教えてください。
 
omeros さんの投稿…
アンティーヤの件、了解です。バックナンバーを見つけられたら、ご報告します。というより、いずれ近いうちに探してみたいと思います。ラクゼミについても、誰かに聞いてみます。こちらはすぐに分かると思いますので、分かり次第ご報告しますね。