クレオール語の未来

「わがマルティニック」を見る前に、この日は大学でラファエル・コンフィアン氏に会った。コンフィアン氏はマルティニック出身の作家。最初は現地語クレオール語での作品執筆から出発した作家で、フランス語で書くようになってから大変有名になった人である。作品数は膨大で、年によれば数ヶ月に一冊出ているのではないかと思われるほど、たくさん出している。最近の本の一つBlack is Blackの裏表紙には、バルザック的な野心をもって「人間喜劇」ならぬ「クレオール喜劇」を作ろうとしている、と冗談か本気か分からない紹介がついている。さて、そのコンフィアン氏は、(クレオール文学に関心のある人には自明ではあるが)、熱心なクレオール語擁護者である。「外」から見ていると、コンフィアン氏の作家としての世界的活躍(翻訳も多い)は、クレオール文化の想像域での促進に大変寄与している。クレオール語関連の本(辞書、文法書)もかなり整備されてきている、という印象もある。さらには、クレオール語での会話も町中でよく見かける光景であるし、現地の歌手はクレオール語で歌うことが多い。「外」から見ていると、クレオール語は現在活気のあるように見えるし、フランス語/クレオール語のダイグロシアから抜け出し、一つの自立した言語として認知されているように見える。コンフィアン氏に、クレオール語で書くこととフランス語で書くことの違いについての平凡な質問をしたところ、コンフィアン氏は、もちろんそれは全然違うことで、フランス語で書くときはすでにフランス語の文字世界が出来ているから楽だが、クレオール語は自分で構築する必要がある、という趣旨の発言の後に、クレオール語は文学を書くのにまだ不十分だ、という話を聞いて、ひっかかりを覚えた。そこで、部外者から見るクレオール語の状況を話してみたところ、問題は、若い世代がクレオール語に関心を持たない点にあるという。若い世代がクレオール語を引き継いでこれを刷新してこそ、クレオール語の世界は豊かになるが、現状はそうではなく、むしろ危機状態にある、というのがコンフィアン氏の認識だった。かなり厳しい認識である。後から、おそらくこれはベルナベ氏、コンフィアン氏のフランス系クレオール語研究グループGEREC-Fの強い働きにより、文部省からCAPES de Creole(クレオール語による中等教育資格免状)のコース認可を受けたにもかかわらず、このコースを選択する学生たちの数が少ないからではないか、と想像した(あくまで推測である)。学芸員の人の話では、彼女はクレオール語を祖母から聞いて育ったので、クレオール語を話せるが、若い人が話すクレオール語はフランス語化しており、もはや彼女の祖母世代のクレオール語を解するのは難しいという。どうやらぼくの認識は甘かったようだ。ともかく、ぼくにとっては、クレオール語はまだ相当遠い言語であるが、想像域での作家たちの仕事に興味を覚え、その作品世界に接近しようとするとき、クレオール語への接近もまた避けられない。時間はかかるが、マルティニックにいる間に少しでも身近にしたいものである。

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