クレオール語についての授業

コンフィアン氏の研究室を訪れた翌日、はじめてアンティル・ギアナ大学の授業に出てみた。こちらでの肩書きは研究員のため、正規の学生としては大学に登録していない。日本でのスケジュールにあわせて4月以降にマルティニックに来たのも、そうした自由な身分のためである。ただ、授業には出たいと思っており、受入機関の所長ジャン・ベルナベ氏に6月上旬に問い合わせたところ、もう授業は終わっている、とのことだった。こちらの授業スケジュールもまだ把握していないため、コンフィアン氏と会ったときに、クレオール語やクレオール文化関連の授業をもっているか尋ねてみたところ、運よく、翌日から社会人用のクレオール語についての授業がある、という話を聞いたのである。

授業は、クレオール語をめぐるもので、数名の教師が担当するリレー講義である。ひとまず、コンフィアン氏の担当する最初の2回は出てみることにした。学生数は、約20名ほど。8割以上が女性である。プレハブ小屋のような小さな部屋で、小・中学校で座っていたような小さな木製の椅子に座って授業を聴講した。

コンフィアン氏は、研究室で話したときと同じような、ほんとうに気さくでひょうきんな人柄で、冗談をたくさんとばしながら、クレオール語の起源からその歴史的展開をたいへん分かりやすく説明した。初学者を対象にしたような内容で、日本の大学授業でいえば、大学2年生向きの一般教養の授業といったところだろうか。多くのことは本で読んだ内容であったので、知識の面では目新しい点は少なかったものの、コンフィアン氏のクレオール語史の見方が非常に明快な形で知れて、参考になった。

面白かったのは、クレオール語が形成される時代(それを1620-1670年という時代区分で語っていたが)、まだこの時代の白人入植者は、まともなフランス語などしゃべっていなかったということだ。話していたのは、規範的なフランス語ではなく、各地域の方言である。アカデミーフランセーズが設立されるのは1635年のこと。ここに、先住民カリブ族、アフリカ人たちが加わる。先住民カリブ族では、男性がしゃべる言葉と、女性がしゃべる言葉が違い、また、アフリカから連れてこられた人々は部族によって言語が違う。こうして、クレオール語は「共通言語」として必要とされたのであり、カリブ海で白人たちがしゃべってたのもクレオール語だった、というのがコンフィアン氏の説明だった。想像力を掻き立てる、分かりやすい説明であると感じられた。クレオール語の起源の点で、とくに強調していたのは、先住民カリブ族の役割である。カリブ語起源の言葉がクレオール語に多く残っていること、またカリブ族の文化がクレオール文化に継承されていること、そうした例をいくつかあげながら、クレオール文化の基層にはカリブ族の文化がある、と強調していた点は印象的だった。また、アフリカ言語の名残として、定冠詞の用い方を例にあげた。たとえば、フランス語のLa personne。これがクレオール語ではmoun-laになる。このように定冠詞が後ろにつくことにクレオール語の特徴があるが、これは、アフリカの言語(でもどの言語?)に由来しているとの話だった。また、動詞連続構文も同様。動詞をいくつもくっつけてハイフンでつなぐ書き方があるが、これもアフリカの言語からの影響であるらしかった(この点は、ぼくはクレオール語表現として理解できてとても参考になった。シャモワゾーの小説で見かけたことがあった。)

コメント

takranke さんの投稿…
動詞をいくつもハイフネーションして接続して出来上がる品詞は、動詞なのでしょうか、それとも名詞なのでしょうか。ご教示ください。とてもおもしろいと思いました。小生、banさんの友人(あつかましくも)です。
omeros さんの投稿…
takrankeさん、コメントありがとうございます。いただいたコメントに気づいたのが遅く(8/8)、大変失礼しました。お返事は次の文章でさせていただきたく思います。