「マルティニックは生活費がかかる」

マルティニックに来てからよく目にするようになった言葉にLa vie chèreという言葉がある。手元の辞書ではcherの用例に、La vie est chère à Paris(パリは生活費がかかる)とある。La vie chèreとは「費用がかかる生活」、「物価高の生活」を指すのである。辞書の用例にあるように、「生活費がかかる」のは、一昔前の認識ならば、パリのような大都会での暮らしであった。一見すると、カリブ海の小島の生活は食費も家賃も安そうである。残念ながら実際はそうではない。スーパーに陳列されている商品の大半はフランス本土からの輸入品。輸送コストのため、パリよりも高くつく。グアドループ、マルティニックのゼネストは、この物価高の生活を背景に起こり、結果として、スーパーで売られている主要100製品が20%引きになったということになっている。たしかに市内でもっとも庶民的に思えるスーパーでは、主要100製品の値下げを示すポスターが貼られているものの、こうした値下げの告知は各スーパーで周知されているとは言えず、このため、以前の価格を知らない新参者には、安くなったという実感はもちにくい。また、本の価格も、その大半がパリで出版されているため、輸入コストが上乗せされて売られている。18ユーロの本なら23ユーロといった具合である(上乗せされる価格は本の大きさや正規価格によって異なるようだ)。ちなみにパリではよくみかける古本屋もマルティニックにはない。これらは、あくまで一例であり、マルティニック、グアドループ、ギュイアンヌは製品の9割をフランスから輸入しているといわれる。また、家賃にかんしては、ユーロ圏ということが大きいとは思うが、アパート・マンションの家賃は、ほぼ東京並みだと考えられる。30㎡から40㎡の広さの物件をフォール=ド=フランス周辺で借りるには、月8万円以上(600ユーロ以上)が基本である。このように書くと、生活費が高くて大変だ、という印象しか持たれないかもしれないが、こうしたこともこの島の「現実」を構成する要素なのである。ある統計によると、マルティニックの失業率は2007年の段階で21,20%、うち15歳から24歳までの若者の失業率は47,80%であるという(Institut d'emission de DOMの調べ)。グアドループにいたっては若者の失業率は55,70%である。一月前にこんなことがあった。バスのチケットを買ったら、若者がやってきて、「食べるために5ユーロくれ」とクレオール語のようなフランス語を威嚇する調子で言ってきた。身の危険を感じた。「お金がない」と言っても「3ユーロでいい」「2ユーロでいい」「1ユーロだ」とこんな感じで一向に引き下がらない。複雑な思いが一挙に頭のなかを駆け巡り、手元にあった20サンチームを渡した。相手は一言も言わず、無愛想な態度で立ち去った。数週間前、バスに乗ってフォール=ド=フランス市内に向かっていたときのこと。終点手前の市庁舎前のバス停で降りようとしたとき、男性が車内に入ってくると、バスの運転手に詰め寄った。ドレット・ヘアのような髪形をした痩せ型の穏やかそうな人に見えた。なにやら揉めてる。「降りなさい」という声が聞こえた。男は何かを要求しているようだった。突然、男は手にもった果物ナイフで運転手を刺そうとした。運転手の抵抗によって、男は諦め逃げ去った。運転手には怪我はなかった。こんな人たちもいる。スーパーで客の買い物の袋詰めを手伝ってくれる人たちだ。客はこの人たちの親切にチップを払ったり、払わなかったりする。もちろん正規の従業員ではない。この小さな仕事をぼくは面白いアイデアであると思っている。

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