バカンス、観光

マルティニックではアジア人はとても珍しい存在のようだ。珍しいからからかわれるときもあれば、好奇心から興味をもたれることもある。マルティニックにかぎったことではないが、ここでのアジア人といえばやはり華僑であり、フォール=ド=フランスには中国系の人が経営する料理屋と雑貨屋がいくつもある。その意味では別に珍しくないはずだが、旅行者風の雰囲気が抜けきらないのだろう。しなびたアロハシャツと麦わら帽子では現地人らしくないのかもしれない。そういう格好でいつもフォール=ド=フランスとその隣町シェルシェールをぶらついているためか、とくに夏休み中「バカンスですか?」と聞かれることが多かった。ぼくはそのたびに答えに窮する。バカンスが目的で島に来ているわけではないからであるが、研究のためだとはいえ日本での仕事を中断して来ている以上、存在じたいがバカンスなのだと言えなくもない。そのようなわけで、いつも返事にはすぐに答えられず、「バカンスではなく仕事です」とか「ちょっとだけバカンスですが……」などと言い訳をしたりするのだが、なぜはっきりバカンスだといえないのか。おそらくその理由のひとつは、観光にたいする後ろめたさがあるからだろう。なぜならすでにアンティーガ(アンティグア)島出身の作家ジャメイカ・キンケイドが書いた本『小さな場所』を知っていたし、何よりも、この島で生まれ、戦後急速に観光地化してゆく島の風景を批判的に捉え続けた作家エドゥアール・グリッサンの文章に親しく接してきたからだ。この島の文化や歴史を知ろうとする者にとっての倫理的想像力が問われるといえば大げさかもしれないが、少なくとも「観光客」とは異なる視点や感性でマルティニックを見て人々と接したいという想いはある。とはいえ今日もしなびたアロハシャツに麦わら帽子をかぶって外出するのだった。

コメント

タクランケ さんのコメント…
しなびたアロハシャツと麦わら帽子では現地人らしくないのかもしれない。

というところで、すみませぬ、思わず、笑ってしまった。

よき滞在を。
omeros さんの投稿…
ありがとうございます。うれしい感想です。緑色の花柄のアロハシャツですが、何度も洗濯しているうちにしなびてしまいました。フォール=ド=フランスの街中では強面のお兄さんたちの一人に、「そのシャツいいね、どこで買った?」と聞かれたことも。日本から持ってきた麦わら帽子は日除けに役立っています。