ニューヨークのハイチ人

先月21日は久しぶりに大学で講演を聴いた。講演者はアンティーユ・ギュイヤンヌ大学で博士号を取ったステファニー・メルヨン=レネットという人だ。前日、この人が7時のニュース番組でゲストに招かれ、最近出た『アンティーユ革命』という2月初頭のストライキを扱った本などに関して話していた。彼女の話に興味をもち、講演を聴きに人文学部の階段教室に行くと、ほぼ満席だった。少なくとも150名はいただろうか。若い研究者の講演は、「ニューヨークのハイチ人」という題目で、ニューヨークに出稼ぎに来て町に住み着いた移民の第一世代と第二世代について、実地調査と文化理論の両軸で論じた博士論文に基づいた本の概要を説明するというものだった。わかりやすい構成で、プレゼンテーション能力も高く、聴衆の関心を最後まで引きつけていたようだった。会場からの最初の反応は「すばらしい、おめでとう!」であった。ラルマッタンから出版された本をぜひとも手に取りたいと思った。そう思わせたのは、もちろん彼女の発表がまず何よりもよかったからだが、ステファニー・メルヨン=レネットの論文を概説した指導教官たちの報告も、おそらく彼女の論文の印象を高めるものであったと思う。じつは、この講演を聴いて何より印象に残ったのは、内容よりも、この講演企画の趣旨だった。その印象を三点ほどあげてみよう。(1)この講演会は、大学から発信される「知」を大学外で共有することを目的としていた。(2)そのうえで、この講演会の主役は「若手」の研究者であった。(3)指導教官たちは「若手」を1人の自立した対等な研究者として紹介し、論文の功績に賛辞を送っていた。とくに(3)にかんしては、日本の大学機関でのみ学んできた者にとってはとても新鮮だった。ぼくが感じ取ったのは、水平的な人間関係、つまり年齢や地位による上下関係を感じさせない、研究者としての対等な関係であった。日本では日々垂直的な人間関係のなかにいたのではないかと思う。それが悪いとは必ずしも言わないが、そうした関係が場合によってはストレスになったり弊害になったりすることはあるだろう。

そんなことを考えた。

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