ぷえるとりこ日記

ふとした興味から手元においていた有吉佐和子の『ぷえるとりこ日記』を読んだ。カリブ海にはたくさんの島々があるが、カリブ海のことでぼくが人よりも少し多い知識をもっているとすれば、それはやはり旧フランス植民地になり、中心はマルティニックになってしまう。プエルトリコにかんしては、ぼんやりとした知識があるだけでまるきり知らなかったといってよい。情けないことだが。

そんな無知な一読者がこの本を手に取ったのは、有吉佐和子に格別の関心があったからではなく、1950年代末にアメリカ合衆国に留学し、その間にプエルトリコを訪れた著者の経験を題材に書かれたこの小説の語りが、プエルトリコとその島民をどのように捉えているかをたんに知りたかったからである。

小説は、プエルトリコの数週間の調査旅行に出かけた合衆国の有名女子大の女の子たちの物語である。調査団の団長をつとめるアメリカ白人のジュリア・ジャクソンと、この調査団唯一のアジア人である日本からの留学生会田崎子の日記が交互に置かれ、それぞれの視点からプエルトリコ滞在が描かれる。

今回の読書において注目したのは、ジュリア・ジャクソンのプエルトリコ人にたいする偏見と優越感から透けて見える、合衆国とプエルトリコとの当時の政治的関係である。たとえば、崎子の日記に、プエルトリコ人の言語教育をめぐるジュリアとの会話が書き記されている。ジュリアは、アメリカ準州という立場でありながら、学校教育では英語よりもスペイン語が主力であることに不満をもらし、英語を使えるように教育すべきだという趣旨の発言をする。すると崎子はこう言い返す。

「でもそのためには小学校の先生からまず教育しなければならないのじゃない? それでは一朝一夕に英語に切換えることは難しいでしょう。それにプエルトリコ人は自分たちの生活習慣を変えたいと思わないでしょうし」
「伝統があるといいたいんでしょう? フン、意味がないわよ、そんなもの。プエルトリコにはメキシコほどの文化だってありはしないのだもの」
「それはジュリア、そうはいえないのじゃない? 一つの国には特色というものがあって、住民たちはそれを守り続けたいと思うものよ。今はメキシコに及ばなくても、将来のプエルトリコがメキシコ以上になることだって考えられないことではないわ」
「そんなこと、私には考えられないわ。第一、プエルトリコ人は自分たちの特色を大切にしたいなら、なぜ合衆国の市民権を要求したのよ。1917年のジョーンズ法の制定で、やっとその希望がかなえられたのよ。それだのに、それから40年たってもまだスペイン語しか分からない人間が都会をふくめて70パーセントもいるなんて! プエルトリコは合衆国の援助なしでは何もやって行けないのに!」
ぼくが注目したのは、ジュリアのこの引用最後の発言だ。「第一、プエルトリコ人は自分たちの特色を大切にしたいなら、なぜ合衆国の市民権を要求したのよ」というのは、ようするに、合衆国への文化的同化をもっとはたすべきだということであり、そのためには英語教育だということだ。

トリニダード・トバゴの歴史家エリック・ウィリアムズは、『コロンブスからカストロまで』においてプエルトリコが合衆国準州となることで経済的には他の島々よりも成功しているかもしれないが、カリブのアイデンティティを失った島として厳しく批判した。このとき、ウィリアムズの批判の延長線上には、フランス海外県の道を選んだマルティニックやグアドループも含まれていた。マルティニック、グアドループにおけるクレオール性あるいは文化の政治という選択を「国家放棄の戦略」として積極的に捉え直すという所説も最近はあるようだが、その場合、プエルトリコはどのように位置づけられるのだろうか。気になるところである。

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