風景の詩学

11月7日(土)と8日(日)、熊本大学で開催された日本フランス語フランス文学会に参加。7日は「エドゥアール・グリッサン『レザルド川』における風景の詩学」という題目で発表を行い、翌日は砂野幸稔さんがコーディネートしたワークショップ「クレオール再考」で報告者として参加した。個人発表は、事前準備の時間が十分に取れず、発表原稿として荒いところがあったと思う。グリッサンにおける「風景」という主題を『レザルド川』の作品読解に即して示そうとした。風景はフランス語でpaysage(ペイザージュ)と言い、その言葉のうちに国や土地を意味するpays(ペイ)を内包している。ここから、「風景」を描くことはまず何よりもpaysを造形すること、という考えが成り立つ。ぼくの見方からすれば、グリッサンの仕事の出発点は、留学にともなうヨーロッパ的風景の発見とその言語化をとおして、ヨーロッパ的風景とは異質な風景としてのカリブ海のそれを再発見することにあったと考えられる。その見方からすれば、『意識の太陽』と『詩的意図』という初期のエッセーは風景を発見する試みであったと言ってよいのではないか。事実、『詩的意図』は、最初のエディションには「風景をめぐる覚書」とあった。『新文芸』に50年代に書評欄を中心に詩論を展開したグリッサンが、ヨーロッパの詩人たちから読み取ったのは、彼らのヨーロッパ的な、固有の、風景であった(たとえば、ヴァレリー論、シャール論)。

今回はそのような問題意識から『レザルド川』の風景描写を論じようとした。マルティニックを原型としたその土地は、北部、中央、南部の地形的特徴のもとに、詩人の独特の把握によって、次のように捉えられる。すなわち北部は逃亡奴隷たちが逃げた森と山の空間、中央はプランテーションの記憶を濃厚に残すサトウキビ畑に覆われた平野の風景であり、飢えと貧困に結びついた場所だ。南部はオレンジの木立とクレソンに示される、「谷間」と呼ばれる安逸な空間である(なお、この南部の風景のイメージはその後グリッサンにおいて「浜辺」と観光産業の場所として練り直される。)さらには、登場人物も場所と結びつけて語られている。タエル=山、マチューら青年グループ=町、ヴァレリー=谷間といったように。そして、このような島のトポスの把握の上に、これらの多様な空間を結びつける場所としてレザルド川は描かれる。また、レザルド川の川の流れ自体が、この小説を生み出す語りそのものの比喩として提示される。『レザルド川』が風景を主語とした、集団的性格の強い物語であることを、いくつかの引用文を示しながら話した。

グリッサンの作品世界を知るにあたって、『レザルド川』の翻訳につけられた恒川先生の「百科」は大変役立った。主に木々の名前をめぐる説明であるが、これらの説明を読むと、恒川先生の実地での見聞に基づいた文章であることがすぐに分かる。作品のなかに出てくる植生は、まだ図鑑でしか確認できていないものも多く、もっと島を歩く必要があると思っている。一点、『レザルド川』の翻訳では注がついていない箇所について書きとめておきたい。

翻訳では103頁に、「ココヤシとアブリコを混同してはいけません」という文章がある。アブリコとは、普通、杏の実のことである。だが、杏の実に比べ、ココヤシは巨大な実である。混同するはずがない。どういうことか。じつは、このアブリコは、杏の実のことではなく、島で「アブリコ=ペイ」(abricot-pays)と呼ばれるものである。杏のような味のする巨大な実だ。それが分かれば、この箇所は意味がとおる。

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