クレオール再考

8日のワークショップ「クレオール再考」は、砂野幸稔さんの司会のもと、塚本昌則さん、管啓次郎さん、恒川邦夫さん、ぼくの計4名が「クレオール」という言葉を手がかりにそれぞれ話をした。ぼくの発表は、クレオールという語の現地での運用と日本における「クレオール」という概念のずれを確認することから、日本における「クレオール」がむしろ「クレオリテ」(クレオール性)に近いことを最初に話し、それから、このブログでも紹介したマルティニックの近年の政治動向と「クレオール」の作家たちの政治への係わりなどについて話をした。塚本さんはパトリック・シャモワゾーの小説『最後の身ぶり――カリブ海偽典』をめぐる大変勉強になる発表、管さんはピジンにたいする興味とその探究を自分の移動の遍歴から話し、恒川さんは最後の報告者としてこれらの発表を受け、フランス語圏のクレオール語使用の島々での経験に基づいた話をされた。一人ひとり話すことがたくさんあったのにたいして、持ち時間が少なかったのが残念だった。討論の時間を持てなかったことも惜しまれるが、一参加者としてぼく自身も、相当の刺激を受けた。ワークショップの概要にかんしては、学会のカイエという小冊子に掲載されるが、これで終わるのもややもったいない感じもする。いつか議論と対話の時間を十分にとった上でワークショップの続きができれば嬉しい。

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