ヴォークランの詩人

土曜日はヴォークランに住む詩人モンショアシの家に遊びに行った。太西洋に面する南の町ヴォークランから急な勾配をのぼっていったところに詩人の家がある。フランソワとヴォークランの双方が見える素晴らしい眺望。家は「バショウ」や竹に囲まれている。

ミレイユ夫人、子供たちと食卓を囲みながら、モンショアシの作ってくれたノエルの料理を食べた。ブーダン、カラルー(スープ)、鶏肉の煮込みとポワ・ダンゴル(豆の煮込み)、付け合せのバナナ・ジョンヌとイニャム、最後にメロンをいただいた。カラルーにはオクラ、ほうれん草、カボチャが入っており、カボチャは家庭菜園で採れたもの。スープはいつも常備しているのだそうだ。そして、最初の飲み物としていただいたティポンシュの砂糖は、ヴァニラとナツメグを入れて風味をつけてある。詩人の哲学を感じた。

日本にたいへんよい印象をもっている。これはひとえに恒川先生、三浦先生の交流の賜物だ。モンショアシのみならず、ジャン・ベルナベ、ジェリー・レタン、ラファエル・コンフィアンといった来日した経験のあるマルティニックの文化人は、ぼくの知る限り、全員日本に好印象をもっている。モンショアシ、ミレイユ夫人が日本文化にかんする質問をしてくれたが(たとえば、「いき」をどう思うか、この掛け軸の意味は、等々)、こちらの教養が追いつかなかった。ああ、なさけない。付け加えれば、茶道を少しでもたしなんでいれば、と今にして思う。

モンショアシからは本当に多くのことを聞いた。雑談として話してもらったことにはこんなことがあった。

サン=ジョン・ペルスは偉大な詩人。彼はアンティーユの語り部だ。セゼールよりもはるかにクレオール語世界を表現している。ドイツの詩人なら、ヘルダーリン。フランスの詩人なら、ぜったいにランボー。カリブ海ではペルス。グリッサンの詩はそれほど評価しない。ウォルコットの方がよい。

哲学者ならハイデガーとニーチェ。現代哲学はこの二人に尽きる。フランス現代思想? そんなのはどうでもいい。フランスの哲学者であえてあげるなら、現代ではないが、モンテーニュ。

クレオール語はフランス語よりも英語に近い。具体的なものを表すのがクレオール語。翻訳の場合も、抽象的・観念的なフランス語よりも、英語への翻訳の方が行いやすい。(モンショアシはベケットの戯曲をクレオール語に訳している。)

コンフィアンはクレオール語詩人の素質があった。そのまま詩作を続けていれば優れた詩人になっていたはず(コンフィアンの第一詩集を出版したのはモンショアシ)等々。

あっという間の午後だった。帰りは家族全員に送ってもらう(いつも感謝である)。次回のラクゼミが予定されている30日(土)に再会することを約束した。

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