サン=タンヌのラクゼミ

マルティニック最南端の村サン=タンヌの外れにピット・トマサンという闘鶏場がある。ラクゼミの活動拠点である場所だ。闘鶏場には、マルティニック滞在中に一度は訪れてみたいと思っていた。1月30日、この念願の訪問が果たされた。

ラクゼミの一日は長い。予定では、12時から22時までとなっている。昼の部には、1月10日と24日の住民投票の総括が、夜の部には、Nou épi Aytiというハイチとの連帯の夕べが予定されていた。いつものように帰りのことは気にせずにタクシコで目的地まで行き(運転手さんに目的地まで連れてってもらうという現地感覚を身につけた)、14時より少し前に闘鶏場に着いた。サン=タンヌは港町なので、闘鶏場も海の近くなのだろうと想像していたが、実際は山がちのところにあった。ラクゼミのお手製の横断幕に出迎えられ、最初は闘鶏場の周囲の植物を観察する。

闘鶏場にはテレビ局の取材陣が来ていた。当たり前だが、こういうとき、外国人は珍しがられる。そういうわけでテレビ取材に応じるはめに。幸か不幸か、家のテレビが壊れているために放映を見ることはないが、ラクゼミが思考の自立を目指す活動であること、その自立のために財政援助を受けないこと、資本主義的価値観の批判である点が興味深い等の感想を、たどたどしく述べた。

昼の部は、今回のハイチ地震で亡くなった作家ジョルジュ・アングラードの追悼から始まった。その後、住民投票の総括に。74条派の敗北を分析し、いかに未来のマルティニックに希望を見出してゆくか。フランス語とクレオール語による議論は白熱した様子だった。夜の部では、「スラム」と呼ばれるラップのような詩の朗読、ハイチに捧げられた歌、現代舞踏、フォール=ド=フランスに住むハイチ系の音楽家たちの演奏とダンスが立て続けに行われた。とくにハイチのカーニヴァル曲に会場が沸いた瞬間は感動的だった。

ぼくはラクゼミのような「文化運動」を知らない。日本でもこれまでさまざまな催しに参加したと思うのだが、ぜんぜん違う。大学で開催されるシンポジウムの類とは比肩できない。都会のどこかで日々なされる、志をもつ人々の集まりとも、おそらく何かが違う。ラクゼミには「場」の力を感じるのだ。ラクゼミの場には「地の霊」が召喚されているかのようだ。

ところで、今の日本には「消費文化」にたいする批判的精神が少なすぎはしないだろうか。現代日本の社会論や文化論もあまりに自閉的に映る。新世代の日本文化論や社会論には、「外」へと開かれてゆく視点が最初から欠け、ただただ内向きに、「日本」という虚構の共同体に向けてのみ発せられている、という印象を拭いきれない。想像力の問題であるのだが。

コメント

タクランケ さんのコメント…
全く、別の脈絡からですが、このようなブログを日本語圏に見つけました。今日。Omerosさんに、どこかで、ご縁があるかも。

http://loggia52.exblog.jp/10047588/
omeros さんの投稿…
タクランケさん、ご教示ありがとうございます。先ほど、この方のブログを拝見しました。書物論の文章、たしかに興味深いですね。湯川書房という出版社のこともはじめて知りました。今後もチェックしたいと思います。