デュコスの勉強会

2月11日(木)、ラクゼミで知り合ったフェルナン・フォルチュネの自宅を訪問する。年の頃は60過ぎ。ぼくの親の世代にあたる人だ。古い活動家で、独立主義者。小説も書いている。日本に去年行き、日光を気に入ったらしい。ラクゼミに東洋人が来ているので「日本人か?」とフェルナンが声をかけたのがきっかけだった。

フェルナンは中部の平野地帯デュコスに住んでいる。家の入り口は沖縄の建築を連想させる赤い瓦の門。庭はきれいに整備され、家は敷地の正面に立派に建っている。白と茶色の二階建ての家だ。家の中は、絵画を中心にした美術品がきれいに飾られている。マルティニック美術にはまだまだ明るくないが、グループ・フオマジェという美術集団があったことは、そのメンバーであるヴィクトル・アニセから聞いたことがあった。5、6名の陶芸家や画家からなる、地元の美術表現の可能性を探究する美術集団である。家に飾られている絵画はマルティニックの画家によるもので、その多くはグループ・フオマジェのものだった。フェルナンが出版した美術カタログ『グループ・フオマジェの道』もふくめ、グループ・フオマジェの話をとても聞きたかったが、機会を逃し聞きそびれてしまった。

というのも、今日はフェルナンの家で勉強会をすることになってからだ。現在ぼくが取り組んでいる『レザルド川』(グリッサンの第一小説)を扱った論考の検討会である。以前のブログで、熊本で行った『レザルド川』における風景をめぐる発表の概要を書き記したが、論考はそれに基づく内容である。

フェルナンは古くからの友人マリウス・ゴタンを今日のために呼んでくれた。マリウスは元パーカッション奏者で、元独立派の活動家。フェルナン同様「作家」である(作家は毎日書いてなくては作家と呼べないから、自分は作家ではないとマリウスは言っていたが)。

というわけで、二人の年上の友人と共に、この日はフェルナンの家で「勉強」を午前中から夕方まで行った。昼食として見たこともない大きな牛肉のグリルを食べさせてもらった時間以外は、ずっと勉強である。未熟な表現を直してもらいながら、話が、対象の『レザルド川』やグリッサンの思想の議論にまで発展するときは、本当に貴重な時間のように感じられた。(フェルナンは、この日のために蔵書の『レザルド川』とLe discours antillais(ともに初版)を読み直していた。マリウスも『レザルド川』をずっと昔に読んでいた)。マルティニックで長年暮らす文学の友が、どんな風にグリッサンの作品を読むのか(読んできたのか)、ということを直接知れる機会だったからである。

帰宅後(この日はその後いつもの友人たちと南部の港町マランのカルバス・カフェに行ったため深夜3時過ぎだったが)、フェルナンからメールが届いていた。メールの最後にはこう書いてあった。

「異なれば異なるほど人は知り合う。」

このマルティニック滞在にふさわしい、心に残る言葉だった。

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