グリッサンと精神分析

話が前後するが、2月4日、アンティル・ギアナ大学のセミナーに参加する。昨年、国際ラカン協会が『エドゥアール・グリッサンとの一日』というセミナーの記録を出版したが、この出版を記念して、ジャンヌ・ウィルトールというこの本の著者の一人である精神分析家が話をすることになっていた。イタリア人の博士課程の知人が前日にグリッサンが来るらしいとメールで知らせてくれた。はたしてグリッサンはシャモワゾーと共にやってきた。講演者の精神分析家の夫人は、ラカン派の精神分析理論を間断なく喋った。1時間半を超える講演である。その後、質疑の時間に。場は静まり返っていた。グリッサンに発言が求められる。老齢の詩人は、その重い口を少しずつ開き、ラカンの考え、より正確に言えば、講演者を通したラカンの考えにたいする根本的な違和感を表明しはじめた……。(これについては書きたいことがたくさんがあるが、今回は割愛)。グリッサンと講演者は最後まで意思疎通を図れなかった。6時から始まったセミナーは9時前に終了。参加者は少なく、大学関係者の姿はほとんど見られなかった。コンフィアンも、ベルナベも、ブックマンも、レタンもいなかった。このセミナーの参加にグリッサンは気分を害した様子だったが、それでもグリッサンの詩学とラカン派の精神分析理論との決定的な距離が分かった点で、ぼくには興味深かった。帰りは厚かましくもグリッサン夫妻の好意に甘え、自宅近くまで送っていただいた。

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