記憶の蜂起

パリでは昨日からまた肌寒くなった。太陽は雲に覆われたままだ。冬になれば、一週間に一度太陽が見れればよいほうだという。そんな話を聞くにつけ、マルティニックの陽射しが恋しくなる。

さて昨日5月10日は奴隷制廃止記念日だった。メゾン・デ・メタロという劇場でこの日を記念する催しを、エドゥアール・グリッサンが行うという事前の告知を受けていた。グリッサンはニューヨークで教えている最中であるが、この日(そして明日のエドゥアール・グリッサン賞)のために、船に乗ってフランスへやって来ることになっていた。

劇場に行く際に、ナシオンという場所の広場を偶然経由したが、ちょうどそこで奴隷制廃止記念の集会が行われていた。雨の降るなか、多数のアフリカ系・アンティーユ系の人たちが集まっていた。太鼓、そしてココナツの実でできたようなマラカスのような楽器のリズムにあわせて、奴隷制の歴史にちなんだスラムやダンスが披露され、わくわくしながら見た。

ずっと見ていたいところだったが、劇場に向かわなければならなかった。豪華な建物には、開場を待つ人々で賑わっていた。入場無料だが、当日は予約で満席で、予約なしで来た人は入れなかったほどの盛況ぶりだ。少なくとも300人はいたと思う。マルティニックで行われるグリッサンの催しは、少ないときには関係者も含めて10人足らずだった。

ところで、この5月10日の催しはジャック・シラク大統領時代に遡る。当時発足した「奴隷制度の記憶委員会」(委員長はグアドループの作家マリーズ・コンデ)の提案を受けて、シラクが2006年に5月10日を奴隷制廃止の国民記念日に定めたのだった。それとともに、シラクは奴隷貿易、奴隷制度とその廃止のための研究所を設立することを提案し、その準備委員長にエドゥアール・グリッサンが選ばれたのだった。(ちなみにこの記念日の設定は、「国民史」という観点から旧来のフランス史の見直しを迫るという効力があり、その影響は少なくない。実際、これ以降、奴隷制度とその廃止についての本の出版点数が増えているという印象がある。しかし、同時に、当時、歴史家たちから国家による歴史の介入にたいする批判がなされたことも忘れてはならない)。

この成果としてグリッサンは2007年に『奴隷制度の記憶』(序文は当時の首相ドミニク・ドビルパン)を出版した。そして、最初の奴隷制度廃止記念日にあたる、2007年5月10日にケ・ブランリー美術館でこれを記念する舞台を主催した。そして今回、その時の台本が『5月10日 奴隷貿易、奴隷制およびその廃止の記憶』として出版され、同じ舞台がなされたのである。

『5月10日』は、グリッサンが集めた奴隷貿易、奴隷制およびその廃止の記憶をめぐる引用文をもとに構成されている。今回の催しでは、ラバ神父の旅行記、黒人法から、クロード・マッケイの詩までじつに幅広い(そして勉強になる)文章を、10名以上の俳優がピアノの伴奏とともに読み上げた。

耳だけで聞くにはぼくにはまだまだ難しい内容だったが、それでも2時間弱のこの催しを最後まで集中して見ることができた。奴隷貿易と奴隷制には数多くの語られないこと、語りえないことがある。しかし、奴隷制にまつわるさまざまなる記憶はこの日に召還され、蜂起する。「記憶の蜂起」という、グリッサンが繰り返して用いた言葉が耳に残った。

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