トランペットの詩人ジャック・クルシル

その演奏を目にしたのは、2009年12月マルティニックのカルベ賞授賞式においてだった。身長190mを超えそうな初老の大男。片手にもったトランペットが小さく見える。その古びてくすんだ見た目から長らく愛用しているトランペットであることが分かった。男の後ろの白いスクリーンには、エドゥアール・グリッサンの最後の長編詩「大いなる混沌」の詩が映し出されていた。この詩の朗読と交互に、男はその大きな体躯を前に屈ませて小さなトランペットを吹く。楽器から発せられる音は、もはや音というよりも一個の声だ。ある道を究めた人間が辿りつく境地というものがあるとしたら、それはたとえばこのようなトランペットの奏でる音かもしれない。そう思わせる凄みがジャック・クルシルの演奏にはあった。

ジャック・クルシル(Jacques Coursil)の音楽家としての経歴は長く、すでに60年代から活躍しているようだ(その頃の貴重なレコードをサウンドカフェ・ズミの店主に聞かせていただいた)。ぼくが知ったのは、「Clameurs」(2007)というアルバムでであった。ファノン、グリッサン、モンショアシといったカリブ海の作家たちの詩を題材にした楽曲である。モンショアシのクレオール語詩を除き、基本的には演奏家本人が歌い、吹いている。

最新アルバムは「Trails of Tears」(2010)。世界中の見えない「涙の跡」をモチーフにしている。アフリカ大陸からアメリカ両大陸までつながる涙の跡もあれば、アメリカ大陸を追いやられるチェロキー族の涙の跡もある。前作よりもジャズらしい。強制的に土地を追いやられた人々の哀しみ、あるいはそれに対する抵抗が魂を込められたそれぞれの楽器によって表現される。聞く方にもそれなりの集中力を要するが、ぜひとも多くの人に聞いてほしいものだ。

ジャック・クルシルは音楽家であると同時に言語学者である。マルティニックの大学で教鞭をとった後、現在はアメリカの大学で教えている。ソシュール研究者としての著作があり、『言語活動の沈黙の機能』という大変興味深いタイトルの小品の作者でもある。エドゥアール・グリッサンの良き理解者として、いくつかの重要なグリッサン論も発表している。

追記:ディスクユニオンのサイトでクルシルの最新アルバムが解説付で紹介されている。ジャズ・マニアの方の紹介に違いない。
http://diskunion.net/latin/ct/detail/5324129

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