サヴォワのセーヌ川

先週土曜日、日本からいらした中東文学(イラン、トルコ)の翻訳家の方と、連れ合いと、ぼくとでフォンテーヌブローに行ってきた。翻訳家の方とは初対面だったが、最近出された多言語習得の体験談をまとめた新書を読んでいたので、初対面にもかかわらず、こちらはすでに知り合いという気持ちでいた。

ぼくと連れ合いには今回がはじめてパリ郊外に赴く旅行であったので、ちょっと緊張していた。行き先はフォンテーヌブロー。森とお城で有名な観光地だ。実際行ってみると、待ち合わせたリヨン駅から40分ほどの距離で、比較的近いという印象。10時5分の電車に乗ったから、11時前には着いた。電車も30分おきに走っているようで、交通の便もよい。最近天気の悪いパリだが、その日は天気がもってくれて助かった。お城のなかを2時間以上かけて見て、十分楽しんだ。

その後、タクシーでフォンテーヌブローの森をぬけてサヴォワ・シュール・セーヌという小さな町をめざした。Iさん(その翻訳家の方)の目的はこの町の川岸を観察することにあった。サーテグ・ヘダーヤトというイランの現代作家の翻訳をてがけるIさんは、今回パリ滞在でヘダーヤトのゆかりの地で、これまで行ったことのない場所に訪れようとしていた。サヴォワ・シュール・セーヌは、そのひとつだった。ヘダーヤトは若い頃どうやらこの川岸で入水自殺をはかろうとしたらしいのである(この経緯については『サーテグ・ヘダーヤト短編集』の略伝をご参照いただきたい)。ヘダーヤトのこのときの「自殺」は未遂に終わったものの、最後はパリのアパルトマンで自殺した。

唐突だが、ここでふと連想してしまうのが、尾形亀之助である。昨晩、戦前の詩人尾形亀之助についての素晴らしい評伝を読み終えたばかりだからだが、亀之助もまた自殺を考えて一度未遂に終わり、最後は自ら食を断ってひっそりと死んでしまった。二人にこれ以外のどんな共通点があるのかは分からない。これまで読む機会のなかった二人の作家を結びつける空想の遊びである。

サヴォワは小さな、静かな町だった。サヴォワのセーヌ川は悠久の流れだった。パリで馴染んでいたセーヌ川がどこか人工的に思えてしまう。ヘダーヤトが見たときの風景はいまから約70年も昔だが、この川岸の風景はそれほど変わっていないのではないか。森と川の見える美しい場所に死に場所を求めたヘダーヤトだったが、それはここに来るとよくわかるというものだ。

帰りもタクシーで駅まで。亀之助のようにお金があったからではなく、駅に行くにも戻るにも車しかなかったからだ。電車に揺られて40分、リヨン駅に戻ったときは19時20分ごろ。パリはまだ明るかった。

コメント

匿名 さんのコメント…
thanks for sharing..