フランツ・ファノンの思想のアクチュアリティ

3月16日、フランツ・ファノンをめぐる催しに参加した。フランツ・ファノン財団、ラ・デクヴェルト出版などの共催の催しで、イマニュエル・ウォーラーステイン、アシーユ・ムベンベ、オリヴィエ・ブザンスノ、ミレイユ・ファノン・マンデス=フランスが登壇者の名前として予告されていた。このうち、合衆国にいるムベンベは結局パリに来ることができず、代役を別の人が果たした(名前を失念)。

会場はパリ19区の104という建物内のアトリエ3。広めの会場には200名以上が詰めかけ、立ち見がでるほど。最初に、ファノンの「黒い皮膚・白い仮面」を若い俳優が力を込めて朗読。その後、若い(ように見える)オリヴィエ・ブザンスノがファノン思想のアクチュアリティを熱を込めながら語った。ファノンが一筋縄ではいかないこと、革命の問題のほかにも、きわめて多岐にわたるテーマを取り上げており、ファノンを様々な角度から論じられることを最初に強調しつつも、話は当然「アラブ革命」へと接続し、ファノン思想の必要性を熱く語った。アクティビストとしてのブザンスノの演説は会場の大きな共感を呼んだようだった。ミレイユ・ファノンは、ファノンの娘として現在財団を代表する立場にある。静かに、しかし確信をもった態度で、ファノンを今日考えることの意義を語った。

ウォーラーステインは最年長者の立場から、ファノン思想から引き継ぐべき遺産を明快に二点示した。一点は、「黒い皮膚・白い仮面」の功績である。マルクスとフロイトを結びつけた点、とりわけalienation(疎外)の概念において結びつけた点を大きく評価した。二点目は、ファノンが左翼運動の欠点を見抜いていたという点。独立後、政権奪取後に訪れる権力と政党をめぐる問題をファノンは早くも見抜いていたとウォーラーステインは強調した。左派政権の独裁化の問題である。しかし、同時に、ウォーラーステインは「地に呪われたる者」には限界があると指摘し、自分が関心をもつのは「黒い皮膚・白い仮面」の方だとも述べた。「地に呪われたる者」や「アルジェリア革命第5年」が、民衆蜂起の文脈で今日読み返されることに対しては、距離をとる姿勢を示していた。その点でブザンスノとは見解が分かれていたといえるだろう。

今回の催しとは別に、国際哲学コレージュでの「ファノンと脱植民地化」という授業を初回だけ聴講したが、ファノンを研究対象として取り上げること自体の困難を感じざるをえなかった。自戒を込めて思うことだ。その教師は、フランスの一部の歴史家たちが取り上げる「ポストコロニアル」に対しては批判的であり(ポスコロを歴史の時代区分として扱うだけの態度)、「脱植民地化」とりわけ「内面の脱植民地化」は終わっていないという立場を示していた。そのことには十分共感できる。だが、ファノンの文章にみなぎるあの切迫感を感じない。ファノンに依拠しなければならない理由をくみ取ることが難しかった。翻って、参加者はこの授業に何を期待していたのだろうか。反省する。

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