グリッサン「為すことと作ること」から

この覚醒を想像してみよう。二つの出来事がこれを周期的に先取りしている。物資の供給が途絶する場合、そしてサイクロンや熱帯性の嵐が邦を通過する場合だ。季節ごとの荒天に慣れている私たちにとっては、前者の情況のほうがより壊滅的に見え、より大きなパニックを呼び起こす、蓄えのある大ショッピングセンターへの殺到、ガソリンスタンドの前の行列、顧客であり、そしてもはや顧客でしかないすべての人々の耐え難い苛立ち。これらの反応の由来するところは、私がもはや自力ではこのような状況と対決できないことを私たち自身がよく知っていることである。

連帯の集団的な身振り、生き残りの技術的な身振りを私たちは忘れてしまったのである。私たちの土地には低家賃住宅が立ち並ぶ戦略的道路が縦横に走っている。私たちの森は枯渇し、小川は乾ききっている。(……)

                   エドゥアール・グリッサン「為すことと作ること」(星埜守之訳)

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