2011年5月10日、パトリック・シャモワゾー

今年の5月10日は、パリ市郊外サン=トゥアン市庁舎で行われた「奴隷貿易、奴隷制度、奴隷制廃止の記憶をめぐる国民記念日」の催しに参加した。マルティニックの作家パトリック・シャモワゾーが「記憶と関係」と題した講演を行った。司会者に質問を受ける形で行われたシャモワゾーの話は、自分がどのように奴隷制の問題を意識し始めたのか、というところから始まって、エメ・セゼールの詩、エドゥアール・グリッサンの小説『第4世紀』との出会いと、彼らの奴隷制度をめぐる取り組みの文学的革新性について語った。そうした話を聞きながらあらためて思うのは、マルティニックの、あるいはカリブ海フランス語文学の豊かさである。とくにシャモワゾーは先行世代を批判して乗り越えるというよりも、先行世代の問いを継承するというスタンスの作家だ。とくにグリッサンとの間には文学的、思想的継承関係があるから、ある意味ではグリッサンの一番の理解者であり専門家であるともいえる。

話が多岐にわたったこと(ちなみにシャモワゾーは「もう一つ決定的な要素は」、「もう一つ大事である要素は」といった言葉を用いて幾つかの話を連想的に繋げるような感じで、とにかくしゃべり始めると止まらない印象だ)にくわえて、疲労で集中力に欠けていたために大事なところをしばしば聞き逃してしまったのがもったいなかった。かろうじて集中して聞けたのは、「不透明な記憶」(memoire obscure)と「意識的な記憶」(memoire consciente)の話だ。これはシャモワゾーの考えなのだが(少なくともそう聞いていたのだが)、不透明な記憶とは、意識の奥の方に隠されている記憶、抑圧された記憶である。意識的記憶は、これを顕在化して自覚した記憶のあり方である。この区別だと、「不透明な記憶」よりも「意識的な記憶」の方が望ましいという話かと思うけれども、それほど単純な話でもないようだ。なぜなら「意識的な記憶」が「国民的記憶」のようにして象徴化され記念されるとき、「意識的な記憶」は排他的な傾向をもってしまうからだ。「ショアー」が絶対的な記憶というような立場はとれないし、奴隷制度の記憶が特権的な記憶であるという立場もとらない。あらゆる記憶は、ほかの記憶へと開かれている。このことをシャモワゾ—は強調していた。

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