『パリ五月革命 私論』

友人から借りてこの数日目を通していた一冊。「1968年5月」当時、留学生としてパリに滞在していた西川長夫氏の「1968年5月革命」の記録だ。1968年5月を西川氏の視点をとおして追体験できる、大変豊かな本であると思う。本文で450頁もあって端から端まで読んだわけではないが、本書を読んで、ゴダールの『中国女』の重要性を再認識した(同様に『アルジェの戦い』も)。この時期にパリで出会った知識人をめぐる回想録も、その時代の空気を吸ったことのない者には大変貴重で、森有正の加藤周一批判、アンリ・ルフェーヴル、ルイ・アルチュセールの印象など、興味深いエピソードに事欠かない。と同時に、本書は西川氏の思想形成を語る自伝的色彩も強い。西川氏は「国民国家」批判を一貫して展開してきたという印象があるが、そうした批判意識の形成にこの出来事は深く関わっていたようだ。

西川氏は本書の終わりで2005年の郊外「暴動」を「1968年5月」に結びつけている。そのことで、これも氏が近年一貫して述べている、国内植民地の問題(『<新>植民地主義論』)が見えてくる。2011年の「アラブ革命」も「1968年5月」に似た特徴を思っているともいう。西川氏は「1968年5月」を根本的に新しい「革命」として捉えている。つかの間に現出した、国家を廃絶したユートピア的場? 翻って2009年のフランス海外県ゼネストはどのように捉えられるだろうか。本書が語るように「1968年5月」の特徴が学生運動の側面にあったとするなら、海外県ゼネストはあくまで労働者の運動である。だが、その労働者の運動がすべてを巻き込み、グアドループでは44日間のストの末、基本要求を獲得したのだった(だが大学キャンパスが闘争の場になったという話はまったく聞かない)。

もうひとつ付け加えるなら、「1968年5月」の世界的知名度に比して、ドゴール政権下で行われた数々の弾圧については、知られる機会が少ない。マルティニックの「1959年12月」、グアドループの「1967年5月」、前回の記事で言及した「1961年10月17日」のアルジェリア人弾圧事件、等々。自分の興味から、この時代(1960年代)を植民地主義との関係で読み解こうとするのは悪い癖なのかもしれない。「1968年5月」を当時マルティニックにいたグリッサンはどう捉えたのか。

コメント

ban さんの投稿…
読んでみます。西川氏はあまり…、と思っていたのですが、1968につては日本でも様々な論考がありますね。スガや小熊など。自らもそのなかにいたのですが、…。

セゼールの声はとても貴重ですね。彼の普遍的な価値への共感は島と「ニグロ」を生きた人だからこそ言える堅固なものだと思いました。

お元気で。
omeros さんのコメント…
『ニグロとして生きる』読んでくださってありがとうございます。西川氏の著作は何よりドキュメントとして貴重だと思います。「1968年5月」の捉え方には意見があるかもしれません。