シャルトルへの小旅行

今月24日(月)にシャルトルへ足を運んだ。マルティニックの年長の友人Fと一緒だった。シャルトルでは彼の父上が公務員として社会保障の仕事にたずさわり、Fも住んでいたことがあったのだった。友人といっても、親子ほどの年の差だ(そんな年の差でも友人だなんて日本では普通考えられないね)。Fのシャルトルでの友だちはそろそろ70歳。普段、日本人の友人たちと一緒だとぼくが年長者となることが多い(気がする)けれど、Fと一緒ではいつでも若者ということになってしまう。

それはともかく、はじめてシャルトルの大聖堂を見た。丘の上にある大聖堂はとにかく寒い。写真にあるとおり、現在、大規模な補修工事をおこなっており、一部が入れなくて残念だったが、音声ガイドを聞きながら(残念ながら日本語はない)、それぞれの見どころを確認した……といいたいところが、早起きのせいで頭も鈍く、遠のく意識でガイドを聞き流してしまうことも多かった。仕方ない。Fがプレゼントしてくれたシャルトル大聖堂のガイド(こちらはなんと日本語)でわからなかったところを復習しよう。

一通り見学した後、写真左手の尖塔をのぼった(先月パリにいらしたH先生も息子さんに連れられてシャルトルにいらして、この尖塔をのぼったはずである)。じつは最近高いところが苦手で、鐘のある場所までたどり着くも、怖くてまともに下が見られない。むかしは別に高いところを怖いと感じなかったのに。なぜだろう。

(床に見えるのは迷路。シャルトル大聖堂はこのように異教的要素をもつ)

お昼になると、Fの友人Mが迎えに来てくれた。それからMの家にお邪魔して豪華な夕食をご馳走になった。ホタテのソテー、七面鳥のパイ包みなど、普段お目にかかれない食事にくわえて、マルティニックのラム酒までいただて、大満足。夕方の電車に乗り、パリに戻ったのは18時前。その日の夜にエルネスト・ペパン氏を囲む催しがあったがそちらはパスして帰宅することにした。

最後に写真をもう一枚。空を舞う鳩を偶然写したからでもあるが、この美しい川沿いの道はその風景に似合わずに「殺戮通り」という。おそろしいその通りのプレートには「元屠殺場」とあった。そういえば、カンヌの旧市街でも「肉屋通り」という名前を残した通りがありました。

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