『フリーダム・ドリームス』

最近人文書院から出版されたロビン・D・G・ケリー『フリーダム・ドリームス』(高廣凡子、篠原雅武訳)は非常に良質な本だ。読書途中のため、全体的な感想を伝えられないけれども、副題に「アメリカ黒人文化運動の歴史的想像力」とあるとおり、本書は、アメリカ黒人文化運動に実践の面でも研究の面でも深くたずさわってきた著者の半自伝的な物語である。「わたしには夢がある」というキング牧師の言葉は、いまや世界の共有場のひとつである。本書はこの「夢」について、合衆国における黒人の社会運動、解放の試みのなかで途絶した無数の「夢」について語っている。翻訳はすばらしく、訳注もきわめて充実している。




ところで、本書に「ニグロ」という言葉が出てくる。法政大学出版局から発売されたエメ・セゼールの近刊も『ニグロとして生きる』と題されていた。フランス語の音を仮名表記すると「ネグル」になる。この語は一般に差別語とされるが、自称の表現としてはむしろ肯定的な意味合いをもつことがある。エメ・セゼールの場合には「ネグル」はもっとも根源的なアイデンティティを表明する語だ。『ニグロとして生きる』は訳者の方で意訳したものであるが、原書のタイトルを文字通り訳せば「わたしはニグロであり、ニグロであり続けるだろう」となるだろう。なお訳書では24頁にあるセゼールの言葉「わたしはニグロ、いつまでもニグロだ」がこれに相当する。

セゼールを中心としたフランスの黒人文化運動についても『フリーダム・ドリームス』では大きく取りあげられている(第6章「(超)現実的に生きる」)。

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