試訳 その1

パトリック・シャモワゾーの事実上のデビュー作にあたる長編小説『七つの不幸の年代記』より。

ピピリ鳥よりも早く、奴隷頭は呼び子を吹く。その鞭はバシッバシッとよく音を立てる。遠くでは大農園の教会の鐘の音が響いている。会計係の点呼のリズムに応じて、眠くてまだ身体が思うように動かないまま列をなす。こうしておれたちはようやく祈りの文句を口にして粗末な食事にありつくのさ。[…]貧しさとか悲惨とかを想像しちゃならないよ、〈生きる〉なんてこれっぽっちも必要ない、見事な反射神経があるだけ。[…]苦しみなんかじゃなく(苦しみは当たり前すぎて慣れちまった)、ゆるやかな眩暈があるだけ、生きてやしないんだから。正午になると、よぼよぼの婆さんに連れられて、塩漬け、茹でたバナナ、マニオク、タフィア酒にありつく。おれたちは食べながら暑くなり、その言葉は高揚してくる(サトウキビ畑で育った新しい言葉だ)。すると身体は苦しみを思い出す。両手はずきずき痛む、あの意地悪な葉っぱがつけた傷が歌いだすのさ。鞭か呼び子をもった奴隷頭は、仕事の再開を告げる。そうしておれたちゃサトウキビ畑に夜の肛門が開くまで呑み込まれるのさ。考えてもみろ、これが何千回と繰り返される。どこからともなく切りつけてくる葉の刃を受けたり、蛇が貢ぐ毒が回って死んだりして、おれたちはこのゆるやかな水没の運命を受け入れるかのように毎時間の死を受け入れているのさ。

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