『エキゾチック・パリ案内』


最近知り合ったフランス語の先生に、学生さんのフランス語へのモチベーション作りはどうなさっているのですかと尋ねてみたところ、「バブル時代はブランド品などのイメージがあったからそれが学生のモチベーションになったけれど、今は難しいですよ」という趣旨の答えが返ってきました。ブランド品目当てでフランス語を勉強するような時代があったのかと新鮮な驚きではありますが、ブランド品というのを「華の都」パリの主要な表象と捉えれば、たしかにぼくがフランス語を学部で学んだときにも、パリへの憧れが、少なくとも女子学生のモチベーションを作っていたという印象はあります。しかし、そういうイメージがやはりイメージにすぎないことは、10年前も20年前も変わらなかったはず。ある意味で、等身大のパリについて、日本にいながら知ることは非常に難しかったといえます。

一方、語学教育の現場は、この10年でずいぶん変わっているような印象ももちます。「フランス語圏」という言葉に示されるように、「フランスのフランス語」だけがすべてではなく、かつて植民地だったカリブ海、マグレブ、サハラ以南のアフリカの存在が「フランス語」の一角を占めるという認識が、日本の語学教育の現場でも根づいてきているような、漠然たる印象があります(もちろん多文化主義的なフランスの文化政策が背景にあると思います)。

そのような文化イメージの変容のなかで、等身大のパリを紹介する待望の書が出版されました。それが清岡智比古さんによる『エキゾチック・パリ案内』(平凡社新書、2012年)です。すでに語学の参考書やNHKのフランス語講座などでおなじみの清岡さんですが、この本でも、軽妙な語り口が絶妙に活かされており、読み手はあたかも清岡さんに案内されて多文化都市パリを散策しているかのようです。ユダヤ人街、アラブ人街、アフリカ人街、アジア人・インド人街と、その街に人々が住むようになった歴史的背景を交えつつ、現在のパリを生き生きと伝えてくれます。各地区の地図も随所に織り込まれていますので、もちろん、ガイドブックとしても十分に活用できます。とくに、この本で紹介されているレストランはどれもおいしいはずです。

じつをいうと、ぼくは連れと一緒に清岡さんの散策に何度かご一緒したことがありました。それはそれは贅沢な体験をさせてもらったのですが(なんといっても『エキゾチック・パリ案内』の著者にパリを案内してもらったのです!)、この本を読んで、ここで紹介されている地区に足を運びたくなりました。中華街などはぼくたちの住んでいた大学都市カンボジア館から近かったのですが(実際「タン兄弟」というスーパーには非常にお世話になりました)、中華系の移住者の歴史的背景を知ると、改めてその場所に行ってもう一度体験してみたくなります。おそらく、一番いいのは、この本をガイドに街を歩いてみることでしょう。そして、ある程度、自分のなかでパリの具体的イメージがつかめたときには、今度は著者のような視点で、パリを再発見すればいいのです。そのための最良の手引きが『エキゾチック・パリ案内』であるような気がします。

最後に、この本から次の言葉を引用します。ぼくはこの言葉にとても共感したのでした。

「言語学者・西江雅之は、世界のすべてのフランス語圏に降り立ったといいます。これは並大抵のことではありません。が、わたしたちにも、その疑似体験なら可能なのです。そう、パリに行けばいい。パリには、世界のフランス語圏の縮図が埋め込まれているから。そしてその縮図を駆動させているのは、そうした土地からの移民たちであり、さらには、それ以外の地域からの移民たちでもあります。もし今のパリに何らかの豊かさが見出せるとするなら、それは彼らの存在抜きでは考えられないことなのです。」(「パリの城壁」より)

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