備忘録

以下は、田川健三の『批判的主体の形成』(1971年)の「授業拒否の前後」より。著者は全共闘運動のさなか国際基督教大学で講師の立場にいたが、大学当局による学生の退学措置により、運動が「敗北」したのち、学生の側に立ってきた著者は、授業に「復帰」することを拒否し、不当解雇させられた。

私の場合、二・一一の「建国記念日」に対する取り組みから、ことが始まった。それも、一まわりも二まわりも遅れた姿勢と出発点から始まった。私の場合いつも闘争には遅れてついていくので、その点では、自分の能力の不足と姿勢の甘さ、特に怠慢さには常に恥じらいを持っている。たいてい、ことが終わりかけた頃に、やっと、その恥じらいにせかされて、追いかけはじめる。しかしまた、思想的な仕事はそういう限界の中に設定せざるをえない面がある。原則として、「書くこと」を通じて活動する者が先進的な前衛であるはずがないので、このことは、何か「ラディカル」なことを次から次へと書きなぐることによって自分が前衛であるかの如く思いなしてみたり、また、そういう評論家を前衛であるかの如く持ちあげてみせたり、逆にその気持の裏返しとして、あいつは評論家のくせに戦う前衛ではない、と悪口を言ってみたり、という現象に対しては、はっきり言っておかなければならない。最も先進的に突出した戦いは、どうしても局部に限定されざるをえない。その場合、逆に、残された部分にいる者としては、新しい戦いの意味を開拓しうるような位置にいなくとも、二番煎じ三番煎じでもかまわないから、遅れた闘いを目立たぬ場所で再開していく必要がある。そうした部分の者たちが存在することが、突出した部分の意味を確保することになる。[……]思想の果す役割は、その遅れつつ出発する過程の紆余曲折をとらえ返す作業なのであって、それ以上のことを思想的な作業に期待するのは間違っている。

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