フランソワーズ・ヴェルジェスの来日

フランソワーズ・ヴェルジェスが先週(11月18日の週)日本に滞在した。およそ1週間の滞在で、一橋大学(火曜日)、日仏会館(金曜日と土曜日)で計3つの講演とセミナーをこなし、日曜日の朝に帰った。私は、一橋大学には授業の関係で行けず、日仏会館の2つのイベントに参加した。

金曜日のイベントは、エメ・セゼール生誕100周年を記念し、セゼールについてヴェルジェスが語るというもの。セゼールに関する一時間ほどのドキュメンタリーの上映後、立花英裕氏をディスカッサントに迎え、議論が交わされた。土曜日の方は、若手研究者のためのセミナーで、「departementalisation」(植民地を県に昇格させること)をめぐって20分ほどのレクチャーがあったのち、参加者が随時ヴェルジェスに質問するという形式で進められた。司会は澤田直氏が務めた。

話題は多岐にわたり、とても再現することはできないが、印象に残ったこととして、2日目のセミナーで、セゼールの限界として植民地主義と共和国とを別々に考えていたことをヴェルジェスが指摘していた。これは実はわが意を得たりというところがあった。『カリブ-世界論』の執筆の際に、この点を私なりに歴史的な観点から示したつもりだったからだ。(ちなみに、その時は、不勉強で翻訳出版されたばかりのヴェルジェスの共著『植民地共和国』に目をとおしていなかった)。まさに「植民地共和国」という問題意識がセゼールの世代(それはdepartementalisationを共に推し進めた、彼女の祖父も「おそらくそうであった」という)には希薄だったというか、そもそもなかったということが、重要な論点であるというのが私の感想である。

また、同じく心に残ったのは、2009年の出来事後のグアドループの現状をめぐるセミナーに参加していた大辻都さんの質問に関して、ヴェルジェスが述べていたことだ。基本的には問題は何も解決されず、高失業率、ドラッグ、環境汚染などの問題がはっきりとあるということ。そしてそれらの問題を考えるためには、また現在のdepartementalisationの矛盾を分析するには、新しい分析装置が必要であると強調していた。

マルティニックとグアドループをまた訪れて現状をこの目で確かめたいという思いも強まった、教わることが多い、刺激的な2日間だった。

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