ヘテロトピアへの旅



「東京ヘテロトピア」という「演劇」が、いま開催されており、話題を呼んでいる。劇場で上演される演劇ではない。参加者が入手するのは、チケットではなく、一冊のガイドブックとラジオだ。ガイドブックには13箇所が地図で示されている。いずれも東京。でも、普段は行く機会がないだろうスポットであったり、知っているのに通り過ぎてきた、そうした場所だ。参加者は、このガイドブックを片手に、ラジオをポケットに忍ばせ、スポットに赴き、そこで指示された周波数に合わせる。すると、ラジオから、誰かの声が聞こえてくる。その声が伝えるのは、その場所にまつわる物語だ。

すでに11月9日から始まっていたらしい。ぼくがこれに参加した直接のきっかけは、ちょうど1週間前ほどだろうか、東京芸術劇場で演出家の高山明氏が今回の企画の関係者たちとおこなったトークイベントを聴いたことによる。会期は12月8日まで、つまり今週の日曜日までで、参加できる時間は刻一刻と短くなっている。

この日曜日、各所を巡った。四谷の聖イグナチオ教会、新大久保のネパール食材屋兼居酒屋モモ/バラヒ、台湾人の言語学者のお墓がある要町の祥雲寺、モリソン文庫で知られる東洋文庫ミュージアム、そして池袋の西口広場のモニュメント……。この企画のために準備されている13箇所のうち、5箇所を巡った。ちなみに、いつ、どのような順序で巡るかは参加者の自由。ただし、ラジオのオンエア時間が決まっている場所があるので、その点は気をつけなければならない。

これらの場所は、すべて東京に住むアジア系の人びとの記憶にまつわる。その場所で聞ける物語は、管啓次郎をはじめとする、文化間の関係への意識をみずからの創作の深いところに据える作家たちが準備した、オリジナルのテキストだ。

そしてそのテキストが、時おり周波数が乱れるラジオという媒体から流れる朗読者の声を通じて、参加者の身体に流れ込んでくる。この体験を、翻訳、他者性、記憶、痕跡など、概念化して語ることはできるが、それよりも何よりも、この物語をその場で聞く、という行為の具体性は、結局、誰かに伝えることはできない性質のものだ。

とはいえ、明らかにこの異なる時間と空間への「巡礼」を通じて、身体に刻印されるのは、異化された東京の風景である。ヘテロトピアとは、現実には存在するが、絶対的に異なる場所を指す。それを実体的に捉えてはならないとする考えもあるが、ヘテロトピアとは、「異他なる反場所」に触れる身体の経験のことであるのかもしれない。

今回巡った箇所のなかで、あえて一つだけ挙げるとすれば、最後に訪れた、池袋の西口広場、ここにある「ショヒド・ミナール」というモニュメントだ。バングラデシュ独立運動とその運動を支えたベンガル語言語運動について、モニュメントは朴訥と、静かに、深く語りかける。

会期終了までまだ7日ある。今日も、できるだけ訪れてみよう。

コメント

ban さんの投稿…
池袋西口広場寄ってみようかな。

nakamura さんのコメント…
ぜひ。東京をさまよいましょう。どこかでお会いするかもしれませんね。