冬のジョアン・レ・パン

カンヌの近くにジョアン・レ・パンという海沿いの街がある。金曜日はここに住む友人たちを尋ねてこの街に行った。ぼくがパリに住んでいたとき、連れと一緒に友人を尋ねにこの街に行ったことがあった。2011年の秋頃のことだからもう数年も前になる。夕暮れ時、駅に降り立つと、急に懐かしさがこみあげてきた。無意志的な追憶というのだろうか、ふと懐かしい幸福感に包まれた。ぼくは友人に会ったらその幸福感について、一言ふたことでもいいから、伝えたいと思っていた。約束の時間より少し早くついたぼくは夕暮れの海岸を歩き、ベンチに座って黄昏を眺めていた(そういう時間が本当に好きだ)。それから、友人に会いに行った。開口一番は互いに「久しぶりだね」という感じだった。しかし、友人には以前の明るさがなかった。太陽のように明るい人だという印象のその人は、このところのコートダジュールの天気のように、曇りがちで、陰鬱な印象さえ受けた。ぼくの心もまた急速に閉じていった。事情はメールでのやり取りから知っていた。人には人生を狂わせるカタストロフが時に起きる。友人はその最中だった。夕食は、友人の友人宅で取った。ラクレットを初めて食べた。おいしかった。良い雰囲気で、楽しい時間が過ぎた。だが、振り返ってみると、ぼくのなかではよそよそしさが解消されずにいた。このところ寮の小部屋で翻訳している作品の影響なのだろうか。確実にぼくの心象に影響を与えているその小説の主題の重さと暗さが、友人・知人との関係に投影されていたのだろうか。たしかであるのは、何かがかつてと根本的に変質してしまったということだ。個人的な経験だけではないだろう。世界を取り巻くこの深刻な状況(日本にしろフランスにしろ)もまた人びとの心をひどく圧迫している。

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