シンポジウム「沖縄の問いにどう応えるか」を聞いて

昨日、法政大学市ケ谷キャンパスでおこなわれた、「沖縄の問いにどう応えるか 北東アジアの平和と普天間・辺野古問題」と題されたシンポジウムに参加した。主催は、「普天間・辺野古問題を考える会」で、共催は、法政大学沖縄文化研究所である。

講演者は、大江健三郎、我部政明、ガバン・マコーマックの各氏。三人がそれぞれ40分ほど話し、その講演の内容を受けて、発言者として、西谷修、佐藤学、島袋純、遠藤誠治、川瀬光義、古関彰一、西川潤、和田春樹の各氏がそれぞれ5分から10分程度のコメントをおこなった。

印象的であったことをひとことふたこと記しておきたい。

まず、最初に話された大江氏が開口一番、タイトルについて、「沖縄の問いに応える」とあるが、現在、沖縄からもう問われていないのではないか、と発言された。この言葉が、沖縄からの講演者および発言者の立場を知る上で、重みのある問いかけであることをシンポジウムをつうじて知ることになる。大江氏のこの言葉は、『沖縄ノート』における対話者であり、「復帰」を批判的に捉えてきた新川明氏の近年の立場から発せられたものだった。大江氏は、新川氏が発起人のひとりとなった「琉球民族独立総合研究学会」の設立に触れて話を締めくくった。

この言葉を引き継ぐかたちで話された我部政明氏、そして佐藤学、島袋純両氏の発言もまた非常に深く突き刺さるものだった。各氏に通底するメッセージは、日本人は基地問題、尖閣諸島、対中関係等のもろもろの時事問題に対して、しっかり当事者意識をもって取り組むべきであるということである。その当事者意識の獲得が、沖縄の米軍基地のことを考え、ひいては政府を動かすための一歩であるということだ。日本人は沖縄に犠牲を強い、自らの「平和」を得ている。日本の沖縄に対する「構造的差別」をしっかり認識し、声をあげることが一歩であるという痛烈なメッセージを受け取った。

講演に対する8名の発言は時間の関係でごく短いものに限られたが、その分、内容に強いテンションが加わり、凝縮された言葉となって、聴衆に伝わった。

聴衆の数は、きわめて多かった。ざっと見渡したところ400人から500人くらいがいるように見えた。ただ、やや気になったのは、年齢構成である。どうみても、7割は私からすると、親の世代あるいはそれ以上に見えた。学生の姿もあったが、少数であり、授業の一環ではないかとやや気になった(もちろんそれでも素晴らしいことだが)。問題は、私くらいの世代、つまり30代から40代の人間を多く見かけないことである。これは、今後、こうした活動を会が続けるうえで気にかかることであるし、私くらいの世代の人たちはどうしているのだろうと不安を覚える(こうした活動も、これを引き継ぐ若い世代がいなければ、時間と共に弱体化してしまう)。もちろん、私自身、自分自身で考え、判断していかなければならない年齢と立場にある以上、人任せにはできない。戦争の予感すら覚えるこの社会に対して、抗議の意志をどのように形成し、表明するか。私なりの課題としたい。

コメント

匿名 さんのコメント…
Nさん、『カリブー世界論』の出版おめでとうございます!いまアマゾンで購入したところです。お忘れになっているかと思いますが、S先生の授業(とT先生のクレオール語)で一緒に勉強していたzozoです。時々ブログを読ませていただいてます。こちらは帰国後、出産に育児にすっかり研究から遠ざかってしまい、遠くからNさんのご活躍を知るにつれ、がんばらないとな〜と思っております。また動けるようになったらぜひカリブ研究会やWINKにも参加させていただきたいと思っているのですが、そのときはまたどうぞよろしくお願いします。(しかし、コメントがあまりついていないようなので、コメントしても大丈夫でしょうか...)
takayuki nakamura さんのコメント…
zozoさん、コメントありがとうございます。しかも拙著をお買い求めくださり、恐縮です。ずいぶんご無沙汰しておりますが、お子様が誕生されたとのこと、おめでとうございます!! またお目にかかれることをこちらこそ楽しみにしております。もう一度、ありがとうございます。 
P.S. マイヨット・カペシア論、興味深く読ませていただきました。