読書

ようやく夏休みがやってきた。採点も成績付けも終わり、ずいぶん楽な気分だ。『カリブ-世界論』以降取り組んできたエドゥアール・グリッサン論の目処がついたことも大きいかもしれない。

この間いろいろと読書をする機会に恵まれた。若手文学研究者の集まりでは、プラトーノフ研究者の論文と岩波文庫所収のプラトーノフの中編小説「ジャン」を読み、大東文化会館で続けている研究会では、佐久間寛『ガーロコイレ』(平凡社、2013年)を読んだ。前者は、論文を通じて「エーテルの道」という未訳作品ほか、プラトーノフのほかの作品を読んでみたいと思わせるものだった。『ロシアの宇宙精神』という本について知れたのもよかった。後者は、合評会の形式でレジュメを切って臨んだこともあってじっくり取り組んだ。端的に、ガーロコイレの調査と考察から導かれる贈与論的所有の行方に強い興味をもった。

ほかにも折々に縁があって手元にやって来る本を読んだ。立木康介『露出せよ、と現代文明は言う』(河出書房新社、2013年)は、精神分析の観点からの現代社会論で、資本主義と結託したテクノロジーの進展によって方向づけられる人びとの精神構造の変容を鋭く論じていて得るところが大きかった。ニコラス・ロイルの『デリダと文学』(月曜社、2014年)はその美しい装丁も目を惹くが、文学をデリダ的に読むことを論じながら、デリダ的な読みを実践するという独特のスタイルで、文学を論じるという営みを考える上で示唆的な作品だと思う。チョムスキーの『複雑化する世界、単純化する欲望』は、アメリカ合衆国の状況論。チョムスキーはいまやかつてのサルトルのような存在であるという印象。ガード・ビースタ『民主主義を学習する』(勁草書房、2014年)は、シティズンシップ教育学を知る上での好著という印象で、政治哲学との接点もあり、面白く読んでいる。




コメント