セゼール『クリストフ王の悲劇』(佐伯隆幸監訳、れんが書房新社、2013)



セゼールの代表的な戯曲の翻訳が2013年に刊行された。発売された時期にこのブログでもその書誌情報を紹介した(こちら)。『クリストフ王の悲劇』はハイチ独立200周年にあたる2004年に東京で上演されたおり、その翻訳に関わったことから一度読んでいたけれど、大変忘れっぽい私は、今回、ハイチ革命関連の翻訳を読むなかで、改めてその内容を思い出した。

この戯曲は、独立後のハイチの政治的混乱のなか、指導者の任を託されたアンリ・クリストフが王政を布き「クリストフ王」としてハイチの北部を統治した1807年から1820年を描いている。主人公クリストフ王の政治は、独裁的で、宗主国の価値観を模倣する追随者である一方、ヴードゥー教的要素を深部にもつ、ハイチ的・アフリカ的存在として示される。この演劇の悲劇性は、訳者の一人である尾崎文太の解説が意を尽くして示すとおり、1950年代のアフリカの脱植民地化とその後の課題である独立後の国家建設という文脈で読む必要がある(原書はプレザンス・アフリケーヌ社から1963年に刊行された。現行版は1970年版。セゼールが再刊にあたって全面的に手を加えている。1969年の英訳版と違うのは主にそのため)。その文脈を想起しないと、ハイチ革命の象徴的存在であるトゥサンではなく、なぜ「クリストフ王」を主題とした演劇であるのか、という点が不明瞭になる。クリストフ王もまた、宗主国、国内の政敵、民衆との関係といった様々な困難のなかで、結局、舵取りに失敗して滅んでゆく。その生涯を「悲劇的」と見るかどうかに、創作者の史観が表れている。

この意味で、『クリストフ王の悲劇』はカルペンティエルの『この世の王国』と比較すると興味深いはずだ。近いうちに行ってみたいことだが、『この世の王国』ではクリストフ王は、もとは料理人で、独立後はその地位を昇りつめて「王」となり、サン・スーシ宮殿やラフェリエール大城塞の建設のために貧農たちを強制的に働かせる独裁者であり、農民の側からすれば、奴隷制時代も独立後も生活は変わらないということになる。これに対して、セゼールの視点は、政治家らしく、クリストフ王とその為政にある。

この訳書は「コレクション現代フランス語圏演劇」の第1巻として刊行されている。実際の演劇の台本に使われることを十分に意識して、価格も1000円と抑え目だ。ただ、これ自体を上演と切り離した文学作品と読む際には、歴史的背景やハイチ・カリブ海文化についての補足をもう少し注で盛り込んでもよかったかと思う(訳注を見てそう思った)。話し言葉の翻訳は一般的にかなり難しいため、訳者の苦労が推察される。待ち望まれてきたセゼール作品であるのだから、こうして日本語で読めるのは大変ありがたい。

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