今福龍太『書物変身譚』(新潮社、2014)




今週発売の『図書新聞』3182号(2014年11月15日号)に今福龍太『書物変身譚』の書評を寄せました。前半部を転載します。
(追記 2015年3月22日:書評の全体が以下のリンクから読むことができるようになりました。http://www1.e-hon.ne.jp/content/toshoshimbun_3182_2-1.html


 鈍い輝きを帯びた半透明の黄褐色。貴重な装飾具に加工されるその自然の宝石は、人の個体の生からは決して推し量れない歳月を経て、鉱脈から採掘される。その時間は最古のもので約三億年に遡るという。鉱物のような、樹脂の化石。葉脈をあしらった本書の黒い表紙には、ドミニカ共和国産の蜜色の虫入り琥珀が妖艶に輝いている。
 書物の喩としての琥珀。虫の生命をそのままの形姿で封じ込める樹脂の化石のように、書物もまた一人の人間の生をはるかに超えた、遠い記憶を秘めている。
 書物は人の手で作られる。著述、編集、装丁・デザイン、印刷、出版、流通、販売といった工程に複数の人々が介在することで初めて一冊の本は誕生し、読み手に送り届けられる。本書は、こうした物質的条件を大切にしながら書物をめぐって思考する著者により、書物的実在を支えようとする人々に向けて何より書かれている。
 『身体としての書物』(2009年)刊行後、著者は同書の続編のように2009年から12年にかけて断続的にワークショップと書店イベントを行ってきた。その総題が「書物変身譚」(ならびに「〈書物的実在論〉に向かって」)であり、これが本書の原型となる『考える人』誌上の全10回の連載に発展する。電子化を推進する出版資本主義の現段階において、書物の物質性をいま一度意識し、その歴史に刻まれてきた無数の強靭な思考と感性をいまここに覚醒させること。このために著者は、を主題とした本を書き、本のために集う人々を群島のように結びつける。「〈運動〉としての書籍出版」。実学志向の波に呑まれていっそう矮小化される書物の生命を、経済的原理に抗しながら書物制作の工程に携わる人々の協働によって守ることが夢見られる。
 書物の擁護のためには、書物に対する通念がまずもって取り払われなければならない。たとえば、一冊の書物は書き手にも読み手にも属さない。その一冊は、有形無形に存在してきた、あるいはこれから存在するであろう無数の関係のなかにあり、この意味で、書物の総体にこそ属している。人の手で作られる書物はそれ自体の意志を有するのだ。[……]


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