『プレザンス・アフリケーヌ』研究会第1回目を終えて


今年度から東京外国語大学アジア・アフリカ言語文化研究所の共同利用・共同研究課題の枠で「『プレザンス・アフリケーヌ』研究 新たな政治=文化学のために」と題した共同研究がはじまり、6月20日にその第1回目の研究会を開催しました。

プロジェクトの趣旨と共同研究員は以下に掲載されています。
http://www.aa.tufs.ac.jp/ja/projects/jrp/jrp216

初回は、「詩の国民性(民族性)とは何か 脱植民地化期のフランス語圏カリブ・アフリカ知識人における文学の問いをめぐって」と題した、1時間30分ほどの研究報告をおこないました。以下が発表要旨です。

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1955年、『プレザンス・アフリケーヌ』新シリーズの記念すべき最初の号に、エメ・セゼールの詩「ハイチの詩人ルネ・ドゥペストルの返事(詩法の諸要素)」が掲載された。ドゥペストルはこの年、アラゴンによる「国民詩」のキャンペーン(定型詩ソネに代表されるフランス詩の伝統への回帰の呼びかけ)を受け入れて、自らの「形式的個人主義の清算」を表明した。この表明に対する批判が前述のセゼールの詩であり、これを契機に、『プレザンス・アフリケーヌ』誌上で、アラゴンの主張とドゥペストルの態度表明をめぐって、カリブ・アフリカの知識人のあいだで論争が繰り広げられる。この論争は、セゼール研究においては「モーリス・トレーズへの手紙」(1956年)に至る共産党離党への一連の流れのなかに位置づけられるが、この論争にかかわった作家のうちには、ほかにも、レオポール・サンゴール、ダヴィッド・ジョップ、アマドゥ・ムスタファ・ワッド、ジルベール・グラシアン、ジョルジュ・デポルト、ベルナール・ダディエ、エドゥアール・グリッサンなどがいた。本発表は、セゼールおよびこの論争に関する先行研究を押さえながら、できるかぎり包括的にこの論争を再構成することを試みたい。論争の背景をなす〈文学〉と〈イデオロギー〉の関係を念頭に置きながら、国民的(民族的)な詩をめぐって提出されるさまざまな論点を明らかにすると共に、論争の場を提供した『プレザンス・アフリケーヌ』の意図と立場についても見解を示したい。
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当日は、私の発表に、砂野幸稔先生からコメントをいただくという、個人的には非常にありがたいもので、大変勉強になりました。また、この研究会のために駆けつけてくださった研究仲間と先生方にもおおいに刺激を受けました。コメントをくださった西谷先生、真島先生、立花先生に感謝申し上げます。

第1回目を終えて、この研究会の目指すものがおぼろげながらも見えてきたと思います。最終的には、この共同研究を、具体的な形にしてゆくことになると思いますが、そのためにもしっかり勉強を続けるだけでなく、自分自身の研究の足場と立ち位置もまた見つめていかなければならない、と気持ちを新たにしているところです。

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