無料ダウンロードで読める本格的なシャモワゾー論


『ジェロニモたちの方舟』をめぐる言葉の「キャンプファイヤ」の日がついに明日とせまり、この数日、イベントで話すことをあれこれと考えている。何を話すかは当日になってみないと分からないが、今福龍太さんのこの著作から今回私が召喚してみようと思っているのは、パトリック・シャモワゾーである。

そこでこの本を読んでいる。サミア・カッサーブ=シャルフィ『パトリック・シャモワゾー』だ。ちなみにこの本は、2012年の作家来日に合わせて訳されたものだ。と、客観的に書いているが、私も訳者の一人である(塚本昌則さんとの共訳)。与えられた時間のわりには内容が難解で、夏をすべてこの翻訳に費やしたのも、もう数年前のことだ。

手前みそとなってしまうが、この評論はこうして時間を措いて再読しても大変面白い。著者のカッサーブ=シャルフィは、シャモワゾーを深く読み込んでいるだけでなく、錯綜するシャモワゾーの複数のテーマを腑分けしながらも、その錯綜をしっかり書き込んでいる。フランス語による文学論は、一文に内容を凝縮しようとする傾向があるように思う。さらには、こちらの知識も要求されるから(時間の関係上、訳注はほとんどつけられなかった)読むのがやや大変なところもあると思うが、これだけの本格的な評論を日本語で読むことができるのは、決してマイナスではない。

しかも、これがすごいのは、無料ダウンロード版しか存在しないことである。書物の形態すらとらず、膨大なネット情報のなかに埋もれながらも読み手を待っている電子文書は、今でもアンスティチュ・フランセのサイトからダウンロードできる。

http://www.institutfrancais.jp/chamoiseau/



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