グギ・ワ・ジオンゴ『精神の非植民地化』(第三書館、2010)


何度でも読み返すべき著作がある。多くの本は10年の耐用度もないだろうが、時の経過をものともせず、絶えず今日的な課題として読み返すに値する著作がある。グギ・ワ・ジオンゴの『精神の非植民地化』は間違いなくそうした本の一冊だ。

主張は、明快だ。「アフリカ」の作家は、「アフリカ」の民衆のために、母語で書かなければならないという、この一点に著作のメッセージは尽きる。「アフリカ」と言った。数え方によっては1000ほどの言語文化があると言われるこの多様性の塊のなかで、母語で書くことが「アフリカ」の作家として核心的であるというその主張については、ぜひ本書を読んでほしい。

ケニアに生まれ、ギクユ語を母語とし、言語帝国主義と決別し、英語で創作することを放棄した、この作家の決意と生き方に対して、私はただただ敬意を抱くばかりだ。その試みについて、人は簡単に結果だけを語ることはできる。多くの場合、いわゆる「少数言語」で書くことは、「敗北」を余儀なくされるからだ(もちろん、そうならない稀なケースもある)。ただ、見誤ってはならないのは、フランス語で大半が書かれるクレオールの文学もまた、一方にはクレオール語で書く作家がたとえ少数でもいるという緊張関係のなかで表現されている、ということだ。その意味で危惧されるのは、誰が今後クレオール語で書き続けるのかという点である。もしフランス領のカリブ海文学が完全にフランス語での表現になってしまえば、フランス語の記述のなかでクレオール語を持続させるという「戦略」も、クレオール語文学の「敗北」から「消失」への移行を通じて、有効性を失ってしまうかもしれない。

フランス領カリブ・アフリカの文脈では1950年代に「民族詩」論争のなかで提起されることになった、この「何語で書くのか」という問いは、安易な解決を求められない難問であり続けている。

コメント