エドゥアール・グリッサン『痕跡』(水声社、2016)

                                        
水声社より、エドゥアール・グリッサンの小説の翻訳が刊行されました。原タイトルは直訳すると『奴隷監督の小屋』。『痕跡』は日本語版のオリジナルタイトルです。

グリッサンは、日本ではなんといっても思想家として知られています。『関係の詩学』や『多様なるものの詩学序説』といった重要な作品が訳されています。その一方、グリッサンの小説作品は、最初の小説『レザルド川』をのぞいて、日本語で読める環境がなかなか整いません。一番の理由は、グリッサンの作品が「不透明なもの」に満ちているからだと思います。

クレオール文学の作家としては、日本ではパトリック・シャモワゾーが人気です。『素晴らしきソリボ』や『カリブ海偽典』といった傑作が読めるわけですが、そのシャモワゾーが「師」と仰いできた書き手が、グリッサンにほかなりません。

グリッサンの作品はけっして一読して十分に理解できるものではありません。シャモワゾー作品よりも、ややハードルが高く感じられるかもしれないのですが、じつはたいへん面白いです。訳者であるわたしは学生時代にフランス語で『レザルド川』を読むという無謀なことからはじめていまにいたるのですが、わからないながら読んだ『レザルド川』がいまでも個人的には文学体験の原点となっています。

あらすじを簡単に紹介します。主要人物は、マリ・スラという女性です。スラが家族名。物語はマリ・スラの少女時代からはじまります。少女のマリには、ピタゴル、シナ・シメーヌという両親がいます。ピタゴルは、交差点で周囲のひとにわけのわからないことをわめきちらして、頭がおかしい人だと思われています。しかし、ピタゴルは、人知れず、なにかをずっと探し求めています。そのピタゴルが探し求めているのが「オドノ」の謎です。ピタゴルが「オドノ」を追い求めるのを知る少女のマリも、いずれこの「オドノ」の謎にとりつかれます。マリだけではありません。この物語の語り部である「われわれ」もです。この小説は、オドノとは何か、誰なのかをめぐって繰り広げられる、探求の物語です。「われわれ」はこの謎を解くために、ピタゴルのお父さんであるオゾンゾ・スラの時代にさかのぼり、さらにオゾンゾのお父さんであるオーギュステュス・スラの時代をさかのぼり……といった具合に過去をどんどんとさかのぼっていきます。その過程で、このオドノの謎に読者も近づいてゆくわけです。

さて、ここまでが物語中盤までの話です。いかがでしょうか。お読みくださればたいへんうれしく思います。

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